強襲にて(其の壱)
エゲレス、モンドン郊外にあるジャッピングフォレスト。
深い森の中、シリウス達の手によって建てられた星々の庭園エゲレス支部が本格的に活動を開始しようとしていた。
尼僧との戦いから5年。
モンドンやテンブリッジ、フォックスオードなど各都市にて労働者として潜入し、死産家や悪魔について情報収集をする。
そして、各地から戻った隊員達は牧場にある寺で再会を祝った。
「皆、久しぶりね。お疲れ様」
「シリウス、成長したでござるな」
「貴女に比べればまだまだよ、プロキオン。それで成果の方は?」
「いやぁ、どの街も労働者の扱いが酷すぎて、まさに悪魔の所業でござったよ」
「死を産む成金ども……死産家。悪魔の眷属としてその力を着々と付けてきているでございますです」
「アンセル、貴女にも苦労をかけたわね」
「大丈夫でございますです。わたくしは一刻も早く悪魔を駆逐したいでございますですわ」
「ベガとリゲルはどうしたでござる?」
「2人は瘴気の中では動けないから、皆の安息の地であるこの牧場を守る事に専念してくれていたわ」
「それに幼子もまだ多いでございますです」
「た、たたた……大変だ! シリウ……おおっ、プロキオン! 今、戻ってきたのかい?」
2階から転げ落ちるように慌てて降りてきた彼女の名はリゲル。
星々の庭園エゲレス支部で最も頭脳派(自称)を名乗っている。
「リゲル……でござるか?」
「どうしたんだい?」
「いや……その……何ていうか……」
アンセルはリゲルを見て唖然としている。
シリウスはすでにリゲルと再開を果たしていたため、愛想を尽かした表情でリゲルを見つめ話す。
「プロキオン、本当のことを言ってあげていいわよ」
「い、いやぁ……」
「リゲルさん、かなり横幅が広くなりましたでございますですね」
アンセルの言葉にシリウスは思わず噴き出し、プロキオンは慌てふためく。
そう、リゲルはこの5年でかなりの肥満体型になってしまったのだ。
ほぼ自宅警備員と言っても過言ではない状況下で、身体を動かす機会が大きく減ってしまった結果である。
「ぼ、僕だって毎日、作戦を練るのに忙しかったんだよ! それに幼子の育児にだって手を焼いていたし……」
「はいはい、これから毎日鍛え直してあげるから覚悟していてね」
「シリウスぅぅぅ」
続々と牧場に集合する隊員達。
皆がお互いの再開を祝い合っている。
「そういえば、さっき慌てていたけれどどうしたの?」
「おっと、そうだった。比奈乃様から手紙が届いた。フーユェーが今朝持ってきてくれたんだ」
フーユェーは日本人牧場で飼われていた少女の1人である。
本名は六華。
アンセルに次ぐ身体能力の高さで早い段階から星々の庭園の正式メンバーとしてコードネームを与えられていた。
「比奈乃様から!?」
「もちろん、レグルスの手紙も封筒の中に一緒に入っていたよ」
シリウスは戸惑いながらもリゲルから手渡された手紙を読む。
その中には様々な内容が書かれていた。
「星々の庭園エゲレス支部を正式な活動組織として認める……か。任務はこちらの判断に任せてくれるようね」
「ああ。ただし、マスターの勅命があった場合は必ず従わなければならないけどね」
シリウスは少し悲しげな表情でリゲルに問いかける。
「マスターからのお手紙は無い……のよね?」
「そこにも書かれているだろ。マスターは勝手に出ていった僕たちに大変お怒りらしい。ゾディアックも廃止され、僕達は単なるリゲルやシリウスでしか無くなってしまったらしい」
シリウスたちは知らない。
ゾディアックは比奈乃が勝手に作り出した設定であり、単に飽きたため止めてしまったことに。
「私達はマスターに見捨てられたのかしら?」
「大丈夫さ。レグルスの手紙に書いているだろ。マスターは僕達の事を過度に心配してくれていらっしゃるらしい。再開した時に酷く叱られるだろうが、それも愛情あってのもの。僕達はまだお義母様に愛されている証拠さ」
「愛されて……うん、そうね。ありがとう、レグルス」
シリウスは安堵の表情を浮かべる。
リゲルはその顔を見て手紙に書かれていた内容を話す。
「1つ気になると言えば……比奈乃様からプレゼントが届くようだね」
「古参メンバー1名を派遣して下さるって書いてあったわね? 誰なのかしら?」
「この手紙が書かれたのは今から3ヶ月前……そもそも住所不特定のこの場所に手紙が届くことそのものがおかしい。それでフーユェーに訪ねたところ、森の外で黒いマントを羽織った者から受け取ったらしい」
「それって……」
「ああ、どうやらそのお仲間さんはすでにこの中に紛れ込んでいる可能性が高い。ふふっ、隠密能力が高い古参メンバーと言えば……」
「まさか、デネブ!?」
「他にもスピカやカノープスも考えられるが、やはりここはデネブだろう。彼女なら……」
ドガァァァン!
その時であった。
牧場周辺を囲う壁の一部が爆発する。
「な、何事でござるか!?」
「敵襲!?」
隊員達は訓練のおかげで特に慌てる様子を見せずにいた。
その場にいたシリウス、プロキオン、リゲルの指示通り、牧場に出て戦闘準備をする。
「ふふっ、ついに来たか」
「リゲル、貴女……今回の出来事を知っているの?」
「尼僧の死体が消えたあの日から様々なパターンを想定していたよ。奴らは近いうちにやって来るってね」
毎度の事如くリゲルの悪い癖である半可通が出てしまう。
普段は幼子の育児に手を焼かれ、そのようなことを考えている暇など無かった。
そこに突然の敵襲……これはメタボ体型になり下がってしまった自身の評価を上げるチャンスだと信じ、あくまでも想定でしかない事をシリウス達に真実であるかのように話してしまう。
「奴らというのは……悪魔でござるか!?」
「来るなら来やがれでございますです! 1匹と残さず蹂躙してやりましょうでございますです!」
この支部を守ってきた者の声を純粋にも信じてしまうプロキオン達。
シリウスも無言だが、その心は皆と同じ方向を向いていた。
「リゲル……悪魔相手にその身体で動ける?」
「ふっ、シリウス。僕の心配をする前にまずは自分の心配をするべきだよ。奴らは手強い」
(勝手に悪魔襲来だと思ってくれてよかったぁ……僕にも何がなんだかわからないのに)
ドガァァァン!
さらにもう一度、壁が爆発しついに倒れてしまった。
「来るわよ、みんな!」
倒れた壁を足場に煙の向こうから何やらゴツゴツしたものが姿を現す。