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96. 兄達の想い

 


『軍神アレスを守護神に持つプレアデス家の嫡男が第二王子と共に、一瞬にして魔獣を討伐した』


 そんな武勇伝が王都を駆け巡るのは、あっという間の事だった。




 東の空が明るくなり始めた頃、王都に戻って来れた一団は即、解散となり、一度、屋敷に戻ることが許された。

 アトラスはプレアデス家に戻ると、私室のソファにどかりと、もたれ掛かる。湯の準備が整うまでの間、ぼんやりと天井の模様を眺め、昨夜からの出来事を振り返った。


 討伐前。ステラが話した予知。

 彼女の魔法がかかった魔法具。

 その魔法具に、救われた事実。


(彼女は、どこまでわかっていたのだろう? ――まったく……ステラには、敵わないな)


 苦笑いと思い出し笑いで、顔がニヤつく。



 アトラスは、少し前の事を思い出していた。

 シアンが『ステラが目の前で消えた』と言い、城に自分を頼ってきたことがあった。あの時、シアンから大まかに何があったのか聞いたが、すぐに理解出来るようなものではなかった。


 ステラには異世界の者の魂が入っており、エリス王女に本当のステラの魂が入っている、など。


 すぐに受け入れられるような内容ではない。

 しかし今回、ステラと関わって、それを理解することが出来た。彼女が変わった理由と、彼女が自分の未来を予知出来た理由を。


 ヴェガードが溺愛する彼の妹の真実。

 あの時、シアンは、ステラのことを『セイラ』と呼んでいた。今のステラは、異世界の『セイラ』という人物なのだろう。


 もしも、今のステラがシアンと婚約したら。


 名実共に彼女の『兄』になれる。ヴェガードほどではないが、溺愛する自信がある。昨夜の彼女との対面で、すでにそれを自覚していた。


 あの可愛らしい生きものが、自分の『妹』になる――想像しただけで、自然と顔が緩む。


 しかし、自分はステラに釣書を出している。


(もし、彼女が自分の婚約者になったら?)


 そんなことを一瞬、考え、アトラスはぶんぶんと首を振る。


(――いやいや、ステラの相手はシアンだろ!)


 いくらなんでも、それは――まぁ。万が一があるのなら。それも、悪くない。



 大きく爪痕の付いた左腕の魔法具を眺める。


 ステラがくれたこの魔法具がなければ今頃、この左腕は失っていた。魔法具の傷をそっとなぞる。


 ステラはどんな想いでこの魔法具を自分にくれたのだろうか。――次に会ったら、聞いてみたい。


『ステラ。無事に帰ったら、また来てくれるか?』


 そう聞いた自分に『もちろんです!』と、満面の笑みで答えてくれた。その約束が、もうすでに待ち遠しく思えていた。



 ◇◇◇◇



「ステラ。こんな朝早く、どこに行くの?」


 妹は、ビクリと肩を上げ、ゆっくりと振り返る。そこには、すでに身支度を整えた兄の姿があった。


「おはようございます。兄さまこそ早いですね?」

「誰かさんのおかげで、ゆっくり出来たからね」


 妹は『ううっ』と声を詰まらせる。その様子に、兄は満足げに微笑んだ。


「さぁ。朝食を取りながら、ゆっくり昨日の話でもしようか?」


 音もなく近づいていた兄は、妹の肩を抱き、そのまま朝食の席へと連れて行った。妹は、逃れる術もなく、兄に連れられるまま、席に着く。


「昨日は、どこに行っていたの?」

「……学園です」

「その後は?」

「兄さまは、もうご存知なのでは?」

「そうだね。でもステラの口から直接聞きたいな」


 目を細めて妹を見る兄の瞳は、鋭く光っている。その深緑の瞳に吸い込まれる様に目が逸らせない。妹は観念して『はぁ』と小さく息を吐いた。


「クロノスの所に」

「一人で?」

「いえ。メラクと」

「――メラク? シアンではなくて?」


 兄は不思議そうな顔をして首を傾げた。


「ええ、そうです。彼の問題を解決する必要がありましたから」

「ああ、あれか」


 妹は驚いて目を見開いた。

 兄はそこまで調べ上げていたのか、と。さすが、ヴェガードだ、と兄を誇りに思い、顔を崩す。

 急にニヤついた妹に、兄は眉をハの字にする。


「それで? 二人であの丘に?」

「いえ。シアンも勝手に付いてきていたので」


 ホッとしたように『そう』と微笑んだ。

 何故、そこまでシアンを信頼しているのか、理解出来ずに首を捻る。


「星花の力を使ったの?」

「はい」

「メラクと僕に?」


 妹は視線を外すと自身の胸元をぎゅっと抑える。

 その様子に兄はシアンにも話を聞く必要があると感じ取った。


「メラクと兄さま、そして光は――私の中にも」

「何で……ステラの中に?」

「これは多分、エラトス殿下に、だと思うのです」

「え? 殿下に……何かが起こると?」

「憶測ですが、もうすでに起きているかと」


 兄が息を呑んだ。

 一国の王子の身に、星花の力を使わなければ解決出来ない事が起こっている。そして、自分を含めた城にいる者たちはその事実に誰も気付いていない。それはこの国にとって、由々しき事態だった。


「だから、本当に殿下に問題が起こっているのか、それを確かめに行こうとしていたのです」

「なるほど」


 兄は腕を組むと、真剣な眼差しで、妹を見た。


「ならば、僕も一緒に行こう。その方が、ステラも動きやすいだろうからね」


 妹は瞳を瞬かせた。兄は本当に頼れる存在だ。


「それで?」

「へ?」


 兄の協力の申し出に満足していると、話は終わっていないとばかりに、続きを催促される。


「あの時間に帰ったんだ。他にも、行った所があるだろう?」


 妹は口を一直線に結んだ。


「うちの馬車は、空で帰ってきた。さて、ステラはどうやって帰ってきたのだろう?」


 妹は止まりそうになった息を短く吐き出す。兄は目を細めて微笑んだ。


 妹は気が付いた。

 兄は最初から、自分がシアンと一緒だったことを知っていた。きっとプレアデス家の馬車で帰ってきたのを見ていたのだ。だから最初に、シアンの名前が出てきたのか、と。


「プレアデス家に行っていました」

「へぇ。それはどうして? あんな遅い時間に行く必要があったの?」

「急いでいました」

「そう。ねぇ、ステラ。もしかして、それはうちの魔法具が一つ、無くなっている事と関係ある?」


 妹はハッと息を吸った。

 もうすでに、そこまでバレているのか、と。


 あの時、アステリア家に寄ってもらった。うちにあるちょうど良さそうな魔法具を思い出し、魔法を込めて、アトラスに渡した。それをどう説明すれば良いのか。俯いて、ぎゅっと両手を握る。


 そんな妹の様子を見た兄は、そっと席を立つと、妹の側に寄る。そして、視線の高さを合わせるように、隣に跪く。

 妹が驚いて、兄に視線を向けると、そこには兄の優しい笑顔があった。


「ステラ。僕には本当のことを話して? 僕はいつでも君の味方だよ。だから、怖がらないで欲しい」


 ぎゅっと握り締めていた手を包み込むように兄は妹の手を優しく握った。


「君が何をしたとしても、ずっと一緒にいる」


 兄は妹の目をまっすぐに見つめた。


「だから、もっと話して? もっと頼って?」

「兄さま……」


 妹は俯いて涙を溜める。兄は困った顔で微笑む。


「僕の妹は、泣いてばかりだ。もっと、笑っていて欲しいのに。ずっと、笑っていて欲しいのに」


 妹の頬に、つぅと涙が流れる。兄はそれを慣れたように拭う。


「教えて? 何故、魔法具が必要だったのか」

「――アトラス様に渡しました」

「アトラスに?」

「昨夜、魔獣が現れました。それをエラトス殿下とアトラス様が討伐に向かわれました」

「え?」

「『ゲーム』の中でアトラス様は、その魔獣との戦いで大怪我を負ってしまうのです」


 兄は目を見張った。

 一日中、ベッドから離れられなかったとはいえ、自分の耳に入らない情報など、殆ど無い。しかし、外部に漏れることもない。

 ステラが知れるはずもない情報を、彼女は知っていたのだ。――騎士団が、魔獣討伐に出たことを。そして、その討伐の結果も。


 それは自分だけではなく、他の攻略対象にも問題が起きている、ということを示している。そのことに気が付いた。


「それで何故、星花の力はアトラスではなく、エラトス殿下に必要なの?」

「彼は……恐らく、不治の病に冒されています」 

「はっ?」

「『ゲーム』の中のステラは、エラトス殿下のことを心から愛していたのです。だから悪魔と契約して、その力を使ってでも、彼を助けたかった」

「え……?」


 兄は戸惑った。

 理解していたつもりだったが、自分の物語があるように、他の攻略対象にもそれぞれの物語があるのだということを目の当たりにしたからだ。

 そして、元婚約者であるエラトスのことを愛していたステラがそこには存在していたのだということを知った。


「ねぇ、ステラ。主人公ヒロインが、エラトス殿下を選んだ場合の物語の内容を教えて?」


 妹は兄に話した。


 『愛すること』を知らない王子様が『真実の愛』を見つけるという王道の恋愛物語ラブストーリーを。






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