95. 魔獣の討伐
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皆様の『推し』は、誰なのでしょう?
――エラトスルート。
アルカディア王国の第二王子エラトス。
彼の婚約者は公爵令嬢ステラ・アステリア。凛として、背筋を伸ばし、表情を一切変えない彼女の姿は一国の王子妃として、もうすでに申し分のない姿だった。しかし、そんな彼女の姿は、彼には乏しい表情に冷たい態度――としか見えていなかった。
学園に入り、婚約者ステラとクラスが違ったことに、ホッとする王子だったが、トゥレイス公爵令嬢メリッサが同じクラスになったことで、ステラから虐げられるようになり、彼の頭を悩ませた。
最終学年で主人公が現れるとその対象は彼女へと移る。特別に編入した生徒が馴染めるようにと王家が配慮したため、彼女と過ごす時間が多かったからだ。やがて王子は、どんな不遇な環境にあっても、前を見て、まっすぐに立ち向かっていく主人公に心惹かれていく。
ある時、王子は病に倒れる。それでも、この国を護ろうと、魔獣討伐に向かう。病の身体に鞭打ちながら、懸命に戦う。
ハッピーエンドではそんな王子をずっと支えたいと、主人公は星花を見つけ、王子の病を治す。その後、テミスの予言により、ステラが悪魔と契約したことを知り、さらに魔獣を誘き寄せたのもステラであると判明したことで、婚約は破棄となり、ステラは断罪され、絞首刑となる。
真実の愛を見つけた王子は、主人公と結ばれた。
――王子と真実の愛。乙女ゲームの王道である。
バッドエンドでは主人公が星の花を見つけられず、悪魔と契約したステラの願いによって、王子は救われる。ステラは、幼い頃から王子が好きだったのだ。しかし、気持ちを素直に表現することが出来なかった。
ただ、助けたかった。主人公との仲やメリッサとの仲を引き裂きたかった。――王子に、自分だけを見て欲しかった。
ステラの処刑後、王子はテミスから真実を聞く。ステラは悪魔に『王子の心を自分に向ける』という願いを提案されても、王子の病を治し、王子を救うことだけを願ったと。王子の心は王子のものだと。自分は王子に、心から自分を愛して欲しいのだと。
ステラの深い愛を知り、王子は涙を流す。
何故、自分はもっとステラを知ろうとしなかったのか。無情にもメリッサとの婚約が決まり、王子が主人公と結ばれることはなかった。
屋敷に戻ってきたステラはエラトスルートを思い出していた。
『ゲーム』の中のステラは確かに心からエラトスを愛していた。でもこの世界のステラはザニアに恋をしていた。ここはもう『ゲーム』の世界ではない。現実の世界だ。
ただ『強制力』は間違いなくある。実際に、私が自分の意思で動けない時があるからだ。
そして、この魔獣の出現もそうだ。私は誘き寄せていない。そうなると、それは『ゲームの強制力』だとしか考えられない。
今、魔獣討伐のフラグが立っている。だから、彼はすでに、病を発症しているはずだ。そして、彼もそれを自覚しているはず。
(――助けなければ……)
彼が無事、魔獣討伐から戻ったら。すぐ会いに行こう。――大丈夫。エラトスも、そして、アトラスも、きっと無事に帰ってくる。
ステラは胸元をぎゅっと握り締め、そこに収められた星花の光を感じていた。
「ステラ」
不意に名前を呼ばれ、その声の主に顔を向ける。
「兄さま」
具合の良さそうな顔を見て、安堵から俯き、顔をしかめてしまう。唇を噛み締め、必死に泣きたいのを堪えた。そんな妹に、兄は、ゆっくりと近付く。そして、ふわりと抱き締めると、耳元で囁いた。
「お帰り。そして、ありがとう」
塞き止めていた涙が頬を伝う。
兄は手のひらで涙を拭うと、にっこり微笑んだ。
「でも、僕に『呪縛』をかけるなんて許せないな」
妹の涙が、ピタリと止まる。恐る恐る顔を上げ、兄を見上げる。整ったその顔には満面の笑みが張り付いていた。
「さて、ステラ。どんなお仕置きをしてほしい?」
「ひっ!」
抱き締める兄の腕が妹を逃さないように、ぎゅっと力が込められたことに、妹は肩を震わせた。
◇◇◇◇
第二王子エラトスの指揮下、魔獣討伐が始まる。
第一近衛騎士のアトラスは、エラトスの一番近くに配属された。一団は、王都の北ボレアスの森へと歩みを進める。
目的の場所が近づくに連れ、徐々に霧が濃度を増していく。月明かりしかない薄暗い森の中では人間の方が断然、不利である。音を立てないよう、慎重に進んでいく。
大きな鳴き声と共に、ガサリと茂みが揺れると、突然、目の前に真っ黒な塊が飛び出してきた。
急に現れた漆黒の塊に、その場にいる全員が硬直し、顔を引き攣らせる。
「おい、嘘だろ……まさか」
「魔犬――ケルベロス……」
巨木と同じ太さの胴回り。耳近くまで裂けた口。そこから、涎が滴り落ちている。それが、三つ。
グルルとそれぞれの頭が不気味に鳴らす喉の音が森の木々に反響して無数に増幅し響く。
ほとんどの騎士が、後退りする。
しかし、エラトスは魔獣を睨みつけたまま微動だにしない。そして、アトラスは、そんなエラトスに時折、視線を送り、魔獣との距離を測っていた。
一人の騎士がカチャリと音を立てる。それが合図となり、魔獣が襲いかかる。
エラトスは魔剣を構え、魔獣に対抗する。アトラスは、それを援護し、護る。
「《水魔法》『防護』」
詠唱して初めてアトラスは、ハッと気が付いた。ステラから貰った魔法具にかかっていた魔法に。
そこには、二つの魔法がかけられていた。
ひとつは――《闇魔法》『増幅』。
自分がかけた魔法は『防護』だが護りの魔法としては一番弱い。段階的には『防護』の次は『防衛』、そして一番強いのが『防御』だ。それぞれ消費する魔力が全然違う。様子を伺うため、そして、魔力を温存するために、一番弱い護りの魔法を遣った。
しかし、その魔法具にかけられた魔法『増幅』により、『防護』は『防衛』を通り越し、『防御』になっていた。
結果、これにより二人は救われた。
単純に『防護』だけであったら、かなりの深手を負っていたと思われる攻撃を受けた。
魔獣からの攻撃は、完璧に防がれた。アトラスとエラトスは互いに顔を見合わせると、息を合わせ、反撃に出る。
エラトスが魔剣で攻撃し、アトラスが魔獣の反撃を防ぐ。二人の連携で、魔獣は傷を増やしていく。
瀕死状態の魔獣に、とどめを刺そうとした瞬間。
追い詰められた魔獣が最期の抵抗を見せ、鋭い爪を一振りした。
エラトスの首を切り裂く軌道の一撃をアトラスが身体を張って護る。
ドサッという音と共に二人は地面に倒れた。エラトスは上に覆い被さるように倒れているアトラスに声をかける。
「アトラス、無事か?!」
「うっ……はい。何とか」
二人が起き上がる。
確かに切り裂かれたと思っていた左腕には大きく傷付いた魔法具があった。アトラスは息を呑んだ。もしも魔法具がなかったら――そう考えると、背筋がゾクリとした。
アトラスが背中を震わせていると、先に起き上がったエラトスが奥に倒れている魔獣を見つめた。
「あれは……一体、どうなっている?」
呆然と魔獣の状態を見ているエラトスにアトラスは首を捻りながら、視線を追うと、目にした光景に大きく瞳を開いた。そこには――切り裂かれた魔獣の塊が横たわり、絶命していた。
ステラのかけた二つ目の魔法《風魔法》『反射』。
アトラスが受けるはずだった魔獣の攻撃を、そのまま返したのだ。アトラスは、ハッと笑い出した。
その様子にエラトスは怪訝な顔をする。
「ぷっ、あはは。ハハッ、はははっ」
腹を抱えたアトラスの笑い声は止まらない。その声に、騎士たちが様子を見に戻ってきた。
大笑いする近衛騎士に、ポカンとした第二王子。そして、傍らには切り裂かれた魔獣らしき塊。
その異様な光景に騎士たちは、ぞくりと震えた。
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