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悪役令息の秘密の嗜み~今日も密かに悪役令嬢を愛でています~  作者: 夕綾 るか
第2章

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91. 星花の代償

 


 ステラが学園に来た。

 あのヴェガードがこんなに早く許可するとは思えなかった。だから、クラスに来たステラの雰囲気にその考えが確信に変わる。


 明らかに、おかしい。


「ステラ」


 ステラはチラリと一度シアンを見るが、すぐ視線を戻す。


「何か?」


 素っ気ない態度と返事にシアンは顔をしかめた。


「何かあったのか?」

「あったとしても、貴方に関係のないことです」


 視線ごと顔を逸らす。

 いつものような雰囲気ではなく、一切、表情を変えない。問い詰めたい気持ちを抑える。


「何かあるなら、必ず俺に言え」


 ステラは何も答えなかった。

 一旦、様子を見ることにし、引き下がった。


 いつもとは明らかに違うステラの様子に、ただならぬ予感がしていた。“ゲームの強制力”とは、また違った態度に不安がよぎる。




 その後、ステラはシアンを徹底的に避け続けた。

 彼女はすべての授業が終わると、急ぎ足で門へと向かっていく。一定の距離を保ち、後をついていくと、そこにはメラクの姿があった。


「ステラ、待ってたよ」

「ええ。では、行きましょうか」


(――これは一体、どういうことだ?)


 二人でアステリア家の馬車に乗り込む。何か嫌な予感がして、その馬車に追跡魔法をかけた。


 シアンの得意魔法は《水魔法》『隠秘』。

 相手に悟られることなく、秘密裏に魔法を行使することが出来る。本来遣いたい魔法に水の膜が覆うように包み込み隠してしまう、高度な魔法である。水魔法の直系でも遣える者は少ない。


 一定の距離を保ち、追いかけるようにプレアデス家の馬車を走らせる。見たことのある風景にステラがどこへ向かっているのか、見当が付いた。


(――クロノスの所か)


 しかし――何故、メラクが一緒なのか? 彼が関わる何かがあるということか。


 そういえば、彼も攻略対象の一人だ。

 物語に関わる何かが今、起きている。


(――星花の力が必要なのか?)


 今まで関わってきた自分を、ステラは今回、遠ざけた。そのことに苛立ちと切なさを感じていた。

 ステラは自分にとって、特別な存在だ。そして、それは彼女にとっても同じだと思っていた。


 それがいとも簡単に覆されたように感じた。数日前にした、彼女の部屋でのやりとりが、まるで夢の中の出来事だったように感じて、胸が苦しい。あの呪いの黒い血液が胸の奥から湧き出るのと同じくらいに。


 もっと力になりたい。もっと頼られたい。自分だけに甘えて欲しい。 自分だけに見せて欲しい。

 ――彼女のすべてが欲しい。


 近づいたと思えば、すぐに遠くなる。いつまでも捕まえることが出来ない。一番近くで彼女を眺めていたい。隣で彼女を愛でていたい。


 どうしたら、彼女を解放してあげられるだろう。

『ゲーム』という彼女のいた世界の物語の中から。




 馬車は予想通りの場所で、ゆっくりと停まった。




 ◇◇◇◇




『やぁ、ステラ。もう遊びに来てくれたの?』


 戯けてみせる神に、顔をしかめる。


「わかっているのではなくて? 仮にも神ですし」

『仮って……酷いね』


 クロノスは、頬を膨らませた。


『わかってるよ』


 そう言うと、ステラの後ろにいる青年にクロノスは視線を向けた。


『へぇ……キミの魔力は問題ありだね』

「それだけじゃないの」

『わかってる。ヴェガードのことだね』

「――ええ」


 ステラは悲しげに俯く。

 その様子にメラクは、ヴェガードに何かが起きていること知った。その原因が自分にあって、だからステラが怒っているのだということも。


『でも……困ったな』


 クロノスの言葉に、ステラは首を傾げた。


「何故? 星花の力を使うことは出来ないの?」

『いや、出来ることは、出来るんだけどね……』


 クロノスは、ふぅと息を吐くと困った顔をして、ステラに視線を向けた。


『星花の力を使うには、「代償」が必要なんだよ』

「――『代償』?」


 クロノスは、こくりと一つ頷いた。


『そう。前は、異世界の君の力を『代償』として、使わせて貰ったんだ。でも、今回は違う。もうその力は使えない』

「――“異世界の力”?」


 話を聞いていたメラクが不思議そうな顔をした。


『彼には、話していないの?』

「彼に説明は必要ありません」


 ステラは真顔になり、ぷいと、顔を背けた。その態度にクロノスとメラクは苦笑いする。


「それで? どんな『代償』が必要なのです?」

『魔力だよ』

「魔力?」

『魔力をこの木に捧げてもらう』

「構わないわ」

「えっ? ステラ?」


 即答したステラを、メラクは驚いて凝視する。

 しかし、彼女と神はそんな彼の反応を無視して、話を続けていく。その答えが出てくるのは、お互い当たり前にわかっていたように。


『キミには《風魔法》と《闇魔法》があるよね』 

「ええ」

『一つ問題があってね。使うのは《闇魔法》の方がいいのだけど、キミから《闇魔法》を切り離すことが出来ないんだ』

「というのは?」

『――ベリアルだよ』


 ハッと、ステラは息を吸った。


 ――忘れていた。

 間接的ではあるが、悪魔と契約していたことを。


 メラクの手前、クロノスは『悪魔』『契約』という言葉を使わないでくれた。

 ステラは心の中でクロノスに感謝した。クロノスの口角が満足げに少し上がったのがわかった。


「では、《風魔法》の魔力ですね」

『それが問題なんだ』


 ステラは首を傾けた。クロノスが難しい顔をしている。


『キミから《風魔法》を切り離すと、アステリア家を継ぐことが出来なくなるよ?』


 ステラは『何だ、そんなこと?』と言い、何でもないというように肩をすくめた。


「構いませんわ。アステリア家は兄さまが継ぐべきですもの。兄さまがいれば、私の魔力など必要ありません」

『それだけじゃないんだよ』

「え?」

『ステラ。キミに《闇魔法》しか残らなくなると、闇の影響を受けやすくなってしまうんだ』


 クロノスは、心配そうにステラを見た。


『あの時のアリサのように』


 ステラは大きく息を吸い込み、にっこり微笑む。


「構いません」

『「え?」』


 ステラの即答にクロノスだけでなく、黙って話を聞いていたメラクまでもが声を発した。


「クロノス。私が貴方とした約束、覚えている?」

『……え?』

「もう一度、生き直したいと願い、貴方と契約した時の約束よ」


 クロノスは思い出し、短く息を吐いた。


「この世界で生きていく私の運命は、とても辛く、苦しいものだけど、それでもいいと。そして、貴方と貴方の世界を助けると――約束したわ」


 ステラは、にっこりと笑った。


「何よりも、今の私が心から助けたいの。例えその約束がなかったとしても。私は、私の大切な人を、私の手で救いたい」


「クロノス」


 そこにいるはずのない人物の声に、その場の全員が振り返る。


「シアン。――何で、ここに?」

「ステラの考えなど、手に取るようにわかる」

「なっ……!」


 ゆっくりと近づいてきたシアンがステラをぎゅうと抱き締める。吐こうとした悪態はシアンの胸の中に埋められ、押し消された。


「一人で無理をするな。抱え込むな。ヴェガードが側にいない時は、俺がいる」


 シアンの腕の中で、ステラは息を吸った。いつもの彼の香りに、落ち着きを取り戻していく。

 ヴェガードの状態を知ってから、ずっと張り詰めていた気持ちが浄化され、次から次へと湧き出る、不安な感情を塞き止めていたものが溶けて、一気に溢れ返った。


 ステラは堰を切ったように泣き出した。メラクは驚き、息を呑んだ。


 ステラがそんな状態だったと気付くことも出来なかった。そして、それを解放してあげることも出来なかった。自分が彼女を見ていなかったことに、気が付いた。


「クロノス。俺もステラと一緒に、魔力を捧げる。そうすればステラから魔力のすべてを切り離す必要などなくなるだろう?」


 クロノスは微笑んで、頷いた。しかし、その後、すぐ『あれ?』と怪訝な顔をした。


『シアン。キミの「呪い」は解けたんだね?』


 シアンは『ああ』と返事をしたが、クロノスは表情を変えない。


『それなら何故、ステラの「呪い」は解けていないの?』

「はぁ?」


 今度はシアンが怪訝な顔をした。腕の中のステラがビクリと反応する。

 その反応に――シアンは、空を見上げた。


「ステラ」


 いつものような低い声に、ステラは顔を上げまいと、シアンの胸にしがみつく。腕を解き、ステラの肩を掴むと引き剥がす。泣き腫らして赤くなった目を合わせまいと、ステラは必死に視線を逸らした。


「どういうことか、説明してもらおうか?」


(――ステラの『呪い』が解けていないだと?)


 なるほど。あのパーティーで倒れたのは、『呪い』が発動したからだ。それで七日間、目覚めなかったステラが目を覚ましたのが、自分がいた時だったのか。自分がステラに触れたことで『呪い』を浄化出来たから、目覚めたのだ。


(でも、何故? 浄化は出来るのに、解除が出来なかったのか?)


「わからないの。何故、私の『呪い』がまだ解けていないのか」


「……ねぇ。『呪い』って、何?」


 メラクが遠慮がちに問いかけた。彼がいたことをその場の全員が完全に忘れていた。


「説明している時間がないわ。今は星花の力を手に入れる方が先よ」 




 いつの間にか日が落ち、辺りは暗くなっていた。






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