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悪役令息の秘密の嗜み~今日も密かに悪役令嬢を愛でています~  作者: 夕綾 るか
第2章

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89. 兄vs妹再び

 

 ◇◇◇◇



 薄暗くなった部屋。

 ふらふらと覚束無い足取りでベッドに倒れ込む。


『ヴェガード』


 ふわりと、暁の神エオスが姿を現す。


『前にも警告したはず。魔力を急激に遣い過ぎるとどうなるのか』

「悪い」

『もう貴方の頭にある爆弾は、破裂寸前よ』

「わかっているよ」


 ヴェガードは枕に顔を埋めた。


「今は……休ませて」


 エオスは小さくため息を吐くと『わかったわ』と言い、すぅっと消えた。


 静かになった部屋の中。

 規則正しい寝息だけが響いていた。



 ◇◇◇◇



『ステラ』


 不意に守護神に呼び掛けられた。


「アストライオス様?」

『まだ呪いが解けていないではないか。ヴェガードやシアンに伝えなくて良いのか?』


 思わず眉間に皺を寄せた。その様子に守護神は、苦い顔をする。


『七日間も目覚められなかったのだぞ』

「わかっておりますわ」

『ならば何故、言わない?』


 ステラは一瞬、俯いてから顔を上げると、守護神アストライオスに視線を向けた。


「これ以上、巻き込めません」


 アストライオスは片眉を上げた。


『何を言っている?』

「兄さまやシアンに、これ以上、私のために魔力を遣って欲しくありませんし、手を煩わせたくないのです」

『ステラ』


 低い声が部屋に響く。


『ならば、すでに手遅れだ』


 アストライオスに向けていた瞳を大きく開いた。


「――どういう、ことですか?」


 アストライオスは一呼吸置くと、目を伏せた。


『エオスから聞いている。ヴェガードはすでに限界を超えている』

「え?」


(――何で?)


「私、誰も……陥れてないわ」


 ステラは視線を彷徨わせた。


「何で……? どうして? 兄さまは一体、何に魔力を?」


 小さく何度も首を横に振る。


(七日間、私に魔力を流していたから?)


 でもそれだけでは遣い過ぎるということはない。


(――それならば、何故? 私が倒れていた間に、一体、何があったの?)


『ステラ』


 目いっぱいに涙を溜めたステラに、先程とは違う優しい声色で、守護神が囁く。


『ヴェガードは、お前が大切なんだ』

「私だって! 私だって、そうよ……! 兄さまが何よりも大切よ!」


 アストライオスは、口を結んだ。ステラは私室を飛び出し、兄の部屋へと向かった。




「兄さま」


 ノックをしてみるが、返事はない。

 通りかかった侍女から『起こさないように』と、言われていることを教えてもらった。


 それでも今、すぐに会いたい。

 ステラは扉を開けた。すんなり開いた扉に、嫌な予感がよぎる。兄の部屋の扉がこんなにもすんなりと開くのは――おかしいのだ。


 今の兄に、扉にかけるだけの魔力が残っていないことを意味していた。


 開いた扉の向こうが、ぼんやりと滲んで見える。

 守護神の言っていたことが本当だったという事実を認めたくなくて、唇を噛み締める。瞳から、雫が溢れないように耐える。大きく息を吸い込み、歩みを進めた。

 ――兄の寝室へ。


 ゆっくり扉を開くと、そこには規則正しい寝息が響いていた。ベッドの側まで進む。まるでそのまま倒れ込んだような体勢で寝ている兄を見て、堪えていた雫が頬を伝う。息を殺して、止めどなく流れる雫を拭う。


「ステラ?」


 突っ立ったまま、目を閉じ、顔を拭っていたから気が付かなかった。兄が目を覚ましたことに。


「……兄さま……」


 泣いている妹を目にした兄は、みるみるその端正な顔を強張らせていき、ゆっくりと身体を起こす。


「何があった?」


 それでも泣きじゃくる妹の手を引き、横に座らせると、にっこりと微笑んで、顔を覗き込む。


「何があったか話してごらん。ゆっくりでいいよ。ちゃんと聞くから」


 そう言うと、妹の頭をポンポンと優しく撫でた。


「兄さま。私が意識を失っていた時、何があったのですか? 教えてください」


 まっすぐに向けられた瞳を逸らすことが出来ず、兄は静かに一度、目を伏せてから話し始めた。


 ステラが倒れ、グラフィアス家で療養中、ステラの中にメラクの魔力を感じ、グラフィアス家を調査したこと。プレアデス家との確執にも何かがあると感じ、そちらも調査したこと。そして、両者の誤解を解くことが出来たこと。


「どちらにしても、ステラが婚約する相手は徹底的に調べる必要があったからね。それが少し早まっただけだよ」


 兄は“何てことはない”という顔をした。その笑みに、妹は唇を噛み締めた。


「ほら、ステラ。そんなことをしたら、唇が切れてしまうよ?」


 そっと妹の頬に手を添え、親指で唇を下げようとする。妹はその手を上から抑えた。


「それでも」


 睨みつけるように、深緑に輝く兄の瞳を見る。


「そんなに短期間で出来ることではありません」


 その瞳からまた大粒の雫が零れ落ちる。

 その表情に、兄は気が付いた。彼女は自分の状態をもうすでに把握しているのだ、と。どうなれば、どうなるという結末を知っているのだから。


 観念したように、大きく息を吐いた。


「ごめんね、ステラ」


 ずっと怒った顔で泣いている愛しい妹の頬を兄は優しく撫でる。


「そんな顔、しないで」


 それでも変わらない表情に、兄は困ったように眉を下げる。


「ステラには、笑っていて欲しいんだけど」


 兄の一言に、妹は眉間の皺を深めた。


「こんな顔にさせているのは、兄さまです」

「そうだね」

「兄さま」

「何かな?」

「私は、兄さまの妹ですよ?」

「――え?」


 妹の発言の意味が理解出来ずに、聞き返す。


「《闇魔法》『呪縛』」

「――ステラ!!」

「魔力のない兄さまなど私の敵ではありませんわ」

「何をするつもり?」

「さぁ? 何でしょうね? とにかく兄さまは――そのままお休みくださいな」


 トン、と兄の胸を押し、ベッドへ戻す。

 妹は一度だけにっこりと兄に向かって微笑んで、すぐにその顔を変え、冷たく言い放った。


「いいですか。ニ日、そのままでいてくださいね」


 くるりと扉に向かい歩き出す妹を、兄はただ呆然と見送ることしか出来なかった。






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