86. 婚約の許可
ステラのいない学園。ステラのいない日常。
今、唯一無二の嗜みが失われている。
ラサラスはステラの様子を伝えるという口実で、メリッサを執拗にけしかけてくる。
登校時、昼食時、下校時。
様子はヴェガードから聞くことが出来るから必要ない。二、三日は上手くあしらっていたが、まったく相手にしなかったことで、父シェアトに話を持ち掛けたようだ。
(厄介な……)
父から婚約相手にトゥレイス家メリッサを考えていると聞かされ、それをヴェガードに話した。
それからすぐ、父シェアトの執務室に呼ばれた。どうやらヴェガードが動いたようだ。
「お呼びでしょうか」
「ああ、そこに掛けてくれ」
促されるまま、執務室のソファに座る。機能的にまとめられたその部屋は整然としており、何の温かみも感じられない。
父もソファに移動して、正面に腰掛けた。こちらを伺うように視線を向ける。
「――何か?」
怪訝な顔をしたことが伝わったのか、父シェアトは目を見張った。
「いや……ヴェガードが言った通りだったのだな」
「何が、でしょうか?」
ヴェガードが一体、何を言ったのか、わからずに首を傾げると、目の前に座るシェアトが微笑んだ。
驚きで一瞬、呼吸が止まる。
父の笑顔を見たのは、いつ以来か。
「本当に『呪い』は解けたのだな……随分と表情が豊かになったではないか、シアン」
(――それを話したのか)
「ステラが解いたそうだな」
「はい」
「彼女がお前の『愛する者』か?」
「ええ。仰る通りです」
「そうか……見つけたのだな」
そう言って、胸に吸い込んだ空気を吐き出すと、シェアトは視線を上げた。
「ヴェガードにお前とステラの婚約許可をもらう」
ハッと顔を上げると、そこには、優しい眼差しを向ける父親の姿があった。
「悪かった。お前に『呪い』の話をしていなかったこと、そして、お前の『想い』を無視したことも――すべて」
「いえ。悪いとは思っていません」
「――何?」
怪訝な顔をする父をまっすぐ見て言った。
「『呪い』がなければ、愛するということを知らずにいたと思います」
コロコロと表情を変えるステラを思い出し、ふっと笑って続けた。
「彼女が『愛』を教えてくれました」
父シェアトが驚いたように目を丸くした。息子の今まで見たこともない表情に、放心状態だ。
「俺は――何があっても、ステラと結婚します」
――例え、このまま目覚めなくても。
ずっと、待つ。彼女が目を覚ますまで。
「わかった。許可しよう」
父シェアトは、ゆっくりと頷いた。
◇◇◇◇
ステラが目を覚ました。
聞きたいことがたくさんあったのだが、七日ぶりに会えただけで、胸がいっぱいだった。この感覚も初めてで、自分でも驚くほどの幸せを感じていた。
ヴェガードはすぐにグラフィアス家を訪ねる準備を始めた。ただならぬ様子に、不穏さを感じると、それに気が付いたヴェガードが笑いながら言った。
「シアン。表情が豊かになったのはいいけど、読まれすぎてもよくないよ?」
眉間に皺を寄せると、彼は苦笑いする。
「グラフィアス家に行っている間、ステラのこと、お願いするよ」
「わかった」
「何もかも、上手くいくよ。――きっと」
そう言って、ヴェガードは微笑んだ。
この七日間、無理をしてきたに違いない。その顔には多少、疲れが見える。上手く隠してはいるが。
「ヴェガード。無理をするなよ」
ヴェガードは少し驚いた顔をしたが、すぐにフッと表情を緩める。
「心配、ありがとう。すべて片付いたら、ゆっくりするつもりだよ」
俺の肩にポンと手を置き『行ってくる』と言うと出掛けていった。その後ろ姿に、何故か嫌な予感がしていた。




