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悪役令息の秘密の嗜み~今日も密かに悪役令嬢を愛でています~  作者: 夕綾 るか
第2章

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84. 水の公爵家

 


「皮肉ですよね? 『ルフィーナ』って『赤』という意味なのに。彼女には全然、赤が似合わなかった」


 バルカンは、顔を真っ赤にして怒る。


「ヴェガード! 貴様っ……」

「――だって。フェアじゃないでしょう?」

「何だと?」

「貴方たちが僕の大事な人を調べているのに、僕が貴方たちの大事な人を調べないとでも?」


 悔しそうに、唇を噛み締める。


「ルフィーナは、『プレアデス』の血を引いていたのですよね?」

「お前っ!!」

「もっと凄いことも、知っていますよ? 特別に、教えて差し上げてもよいですが?」

「な、何を……」


 ニコニコ微笑むヴェガードにバルカンは怯んだ。ヴェガードは『仕方がないですね、特別ですよ?』と人差し指を唇に押し付け、片目を瞑る。


「貴方の子どもたち、()()()『プレアデス』の血を引いているってことです」

「はっ? お前は……何を、言っている?」


 ガタガタと震え出す。


「当たり前ですよ。貴方の『夢』は、すでに叶っていたのですから」

「なっ、何? 一体どういうことだ!」


 眉間に皺を寄せ、怒りで真っ赤になった顔で睨み付ける。ヴェガードは笑みを崩さず続けた。


「グラフィアスとプレアデスを繋げる『夢』です」


 バルカンは視線を彷徨わせる。『コイツは一体、何を言っているのだ』と。

 ワケがわからなくなり、頭を小刻みに振った。


「自分たちの代で、『犬猿の仲』というのを返上したかったのでは?」


 そうだった。そんな『夢』を描いていた。だからといって、シェアトとフローラの関係を許すなど、出来るはずがない。




「貴方は――()()()()()の仲を引き裂き、自分たちのように、絶縁させるおつもりですか?」




 ◇◆◇◆




 水魔法を得意とする筆頭公爵『プレアデス』家。

 対抗魔法を得意とし、王家『裏組織』では《防御》を担っている。


 シェアトは執務室で大きなため息を吐いた。


 エリス王女の婚約者が決まった。

 シアンで間違いないと踏んでいたのに蓋を開けてみれば、トゥレイス家のザニアだった。

 それならば、あのままステラと婚約させておけば良かった。


 後悔は、いつも先には立たない。




 グラフィアス家との確執は、自分のせいだ。


 あの時。

 私はバルカンの娘ルフィーナを助けることが出来なかった。我が屋敷の敷地内で死なせてしまった。あれほど可愛がっていた娘だ。バルカンが私を許すことはないだろう。

 彼女は――私にとっても大切な存在だった。


 あれから、フローラに会うこともなくなった。

 彼女は、元気だろうか。社交の場に現れることもなくなった。きっと憔悴しているのだろう。


 最後に会った時、妊娠していると言っていたが、無事に生まれただろうか。私の心配を余所に双子が生まれたと発表された。

 私たちが祝っても良いものか――と考え、大々的には祝うことが出来なかった。


 フローラは私の腹違いの姉だった。それを知ったのは、学生時代だ。




 なかなか子どもが出来ず、二人の子どもを諦めた両親がプレアデス直系の血を絶やすまいと、母親の従妹であるフローラの母親に子を成すことを持ちかけた。


 幸か不幸か、たった一度で妊娠した。しかし無情にも、同時に妻の妊娠がわかったのだ。

 両親は慌てた。まさか子どもが出来るなど思ってもみなかった。プレアデスの遠縁の侯爵に、急いで従妹を嫁がせた。




 学園で出会った子どもたちは、お互いに親近感を抱いていた。

 それを恋と勘違いしたフローラは、学園での様子を知りたがる母親に伝えた。『好きな人が出来た』と。それがプレアデス家の嫡男だと知ると、母親はフローラに、ずっと隠していた秘密を打ち明けなければならなくなった。シェアトは腹違いの弟だと。

 秘密を知ったフローラは、憔悴した。




 学園の一歩外に出ると『犬猿の仲』と呼ばれる家柄の二人。プレアデス家シェアトとグラフィアス家バルカン。学園内では、常に一緒に行動し、とても仲が良かった。


 シェアトに抱く好意が恋だと思っていたフローラは、いつも彼の近くにいるバルカンを見ていた。

 明るくて、優しくて、誰とでもすぐに打ち解けてしまう、笑顔がとても素敵な青年だった。


 憔悴していくフローラを心配し、優しく声をかけてくれた。シェアトを呼んでくれることもあった。彼なりに気を遣ってくれているのを感じて、微笑ましく思った。


 シェアトと話をした。彼は事実を知らなかった。そして、フローラに対して『親近感』があったのはそのせいか、と呟いた。

 彼のその言葉を聞いたフローラは、ハッとした。そうか。あの気持ちは『親近感』だ、と。遠くから心配そうにこちらを見つめるバルカンに彼女の胸はドキドキと高鳴った。


(ああ。今、やっと、わかった。『恋』と『愛』の違いを――)


 シェアトに感じていたのは、姉弟愛。

 バルカンに感じていたのが、恋愛だ、と。


 それからは、過保護なくらいに心配してくるバルカンが愛おしくて仕方がなくなった。


 家が対抗しているグラフィアス家だから、絶対にプレアデス家の『秘密』を打ち明けることは出来ないけれど、きっと彼となら幸せになれる。フローラはそう感じていた。


 その幸せは現実となり、弟シェアトが幼馴染みのフィアナと婚約すると、バルカンはフローラへ愛を伝えてくれた。やっと伝えてくれた想いにフローラはとても喜んだ。彼らが結婚すると、半年後には、自分たちも結婚した。


 幸せだった。――あの時までは。


 フィアナが妊娠してから、半年後にはフローラも妊娠した。お互いに同じ年の子どもが出来ることに双方とも喜んだ。無事に、生まれてきてくれた天使たちは男の子と女の子だった。


 フローラは生まれてきた娘を見た瞬間に胸の奥がざわめいた。彼女の『色』は、シェアトそのものだった。弟の色だ。血が繋がっているのだ。それは、当たり前にあり得ることだった。でも、その繋がりを知らない者が見たら? バルカンはどう感じているのだろう。


 フローラは不安になった。

 しかし、バルカンは何一つ気にかけることなく、娘を可愛がった。『私はなんて器量のある方と結婚したのだろう』とフローラは幸せを噛み締めていた。


 プレアデス家より先に二人目が生まれると、嫡男の誕生に吃驚するほど喜んでくれた。フローラは、幸せでいっぱいだった。


 ルフィーナが5歳、ラサラスが2歳。お腹の中には、新しい命が宿っていた。


 そんな麗らかな休日。いつものように、開かれた茶会。プレアデス家の庭園に来ていた。


 晴れ渡る青空。

 至るところに水が流れ、奏でる水音が心地よい。


 フローラは膨らみ始めたお腹に手をあて、愛おしそうに撫でる。


 根本は『水』の家系なのだ。

 パチパチと火が弾ける暖炉の音も好きだが、彼女はこちらの音の方が落ち着いた。

 隣に座ってくる過保護な夫に苦笑いしつつ、幸せな昼下がりを過ごす。


 そんな幸せな時間は突如として終わりを告げる。


「大変だ! ルフィーナが――」


 駆け込んできた甥を見て、血の気が引く。息子の言葉を聞いたシェアトが駆け出した。


 次に見たのは、シェアトに抱えられた娘の冷たく濡れた姿だった。叔父であるシェアトは、大切な姪を自身の屋敷内で死なせてしまったことに落胆していた。泣き崩れる弟と冷たくなった娘を覆うように抱き締め、泣いた。


 ルフィーナの葬儀後、バルカンはその寂しさを、悲しみを埋めるかのようにフローラを求め続けた。彼女はお腹の子どもに影響が出るからと諫めたが、聞いてもらえず、彼の口から出たとは思えない言葉を聞いた。


『今、腹の中にいる子どもは誰の子か?』


 ガツンと頭を殴られたかのような衝撃を受けた。


『どうなろうとも構わない』


 心臓が、胸を突き破るほどの鼓動を感じていた。


『またこれから孕めば良い。確実に私の子を』


 愛する娘を失ったことだけが原因なのか。何が、彼をここまで変えてしまったのか。私たちはどこで間違えてしまったのか。


 彼の怒りを、彼の寂しさを、彼の悲しみを。受け止めることしか、出来なかった。優しく、明るく、ニカッと笑う彼は――もういない。


 無事に生まれてきてくれた双子は男の子と女の子だった。二人とも『火魔法の公爵家』に相応しい『色』を持っていた。心なしか彼もホッとした表情をしていた。


 産後の肥立ちが悪く、ベッドから起き上がることが出来なくなったフローラは、幸いにもバルカンが望む通りとなり、歪んでしまった彼の愛を、一身に受け入れ続けていた。


 プレアデスの『秘密』を話す事は出来ないから。彼女には彼を受け入れる事しか出来なかった。



 ◇◆◇◆



「僕が本気で調べれば、簡単にわかることですが。今までは、調べる必要がなかったので調べなかっただけで」


 バルカンは、わなわなと身体を震わせる。


「貴女とシェアト・プレアデス公爵閣下は――血の繋がった姉弟ですよね? フローラ様」

「何だと!?」


 フローラが姿を現す。


「ええ、仰る通りです。ヴェガード」

「なっ、何で……フローラがここに?」

「僕がお呼びいたしました。信じないでしょう? 僕の言葉だけでは」


 バルカンは、ヴェガードを睨みつけた。


「あの頃、まだ幼かったお前に、何がわかる!!」

「わかりませんよ」


 ヴェガードの即答にバルカンは怪訝な顔をした。

 ヴェガードは、さも当たり前と言うかのように、言葉を続けた。


「わからないから、調べるのです。自分が理解するまで――徹底的に」


 ヴェガードは肘を付いて、手を組み、バルカンをじっと見つめた。




「それが『破壊』と『消滅』を担うアステリア家の責務ですから」








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