79. 甘美な誘惑
ステラが立ち去った後。
人気のない一角までくると、ヴェガードはシアンに概略を説明させる。
「一体、何があった?」
「ステラが突然、メリッサを突き飛ばした」
「ええ、何で……?」
シアンの言葉にヴェガードは顔をしかめた。
「あのステラは――セイラじゃない」
「ああ。間違いないな」
「「ゲームの強制力」」
(あれが――抗えないといい、セイラが怯えていた状態なのか……)
確かに今までも、あの状態のステラを何度か見たことがあった。でも、それはエラトスとメリッサに対してだけだった。
まさか、自分とメリッサに対してになるとは――思いもしなかった。
「ヴェガード様」
御者が駆けてくる。
「どうした?」
「お迎えに上がりました」
「ステラは?」
「いえ。ステラお嬢様はおりませんでしたが……今、どちらに?」
「「何だって?!」」
二人は急いでステラを探す。
しかし、どこにもステラの姿はなかった。
その頃、アステリア家にはグラフィアス家からの使者がやってきていた。
王城の庭園で倒れていたステラをグラフィアス家で介抱している、と。
倒れた拍子に頭を打ち付けていたようで、安易に動かすことが出来ないため、暫くグラフィアス家で療養させる、とも伝えられた。
アステリア家からヴェガードの元に使者の伝言が伝えられると、ヴェガードは顔色を変えた。
グラフィアス家へと急ぎ、馬車を走らせる。
シアンは一緒に行くことは出来ない。何故なら、彼がプレアデス家の者だからだ。グラフィアス家の敷地内に入ることは許されない。ヴェガードから後で連絡を貰う約束を取り付け、シアンはパーティーへと戻った。
きらびやかなパーティー。しかし、シアンは上の空だった。ステラの状態が心配でどうにかなりそうだった。
「シアン」
不意に聞こえた声に反応する。
「――メリッサ」
少し顔を赤らめたメリッサが立っていた。
「先ほどは……ありがとうございました」
「いや、気にするな」
「私……ステラさんに嫌われているのかしら?」
「さぁな」
メリッサがそっとシアンの腕に手を乗せる。
「少しだけ……このままで――」
自身の腕に乗せられた手に視線を向け、その腕を引いた。
「悪いが」
ハッキリとした拒絶に、目を伏せたメリッサは、切なげに笑った。
「そうよね、ごめんなさい」
そんな二人のやり取りを後ろから見つめる者たちがいた。
◇◇◇◇
メリッサの想い人がわかってしまった。もっと、早く気が付いてあげていれば。
(今まで本当に……何を見ていたのだ、僕は)
少し注意深く見ているだけで、こんなにも簡単にわかってしまうのに。
(しかし、何故シアンなんだ? いつから?)
少なくとも学園以外で接点もない。
そもそも学園でも、今までずっと違うクラスで、関わりはなかったはず。
(一体どうしてだ? いつ?)
考えれば、考えるほどわからなくなる。頭の中が混乱し、小さく首を振る。
(きっと兄に出来ることなど……ないのだろうな)
「ザニア? どうかなさったの?」
隣にいる愛おしい人の美しい声に視線を向ける。
自分はこんなに幸せで良いのだろうか。妹にも、幸せになってほしい。シアンが相手なら家柄の問題もない。
ただ――シアンの想いを知っている。そして、ステラの想いも知っている。あの二人を引き離して、メリッサが幸せになれるとは思えない。
「上手くいかないものだな」
隣で首を傾げた可愛い人に微笑みを向ける。想い合えることは奇跡に近いのかもしれない。
本当に幸運なことなのだ。
自分に起きた幸運な出来事に心から感謝した。
◇◇◇◇
素敵なパーティー。兄の幸せそうな顔。こんなに嬉しいことはない。
兄が羨ましい。婚約したのが想い人。好きな相手と結婚出来る。それは私たちにとって、奇跡に近いくらい、幸運なこと。
婚約者など、誰でも同じ。
恋や愛など、私には無縁。
――そう想っていたのに。
学園に入ってから、何故か、エラトス殿下と一緒にいる時に限って、彼の婚約者であるステラに絡まれるようになった。ただ、殿下と同じクラスというだけなのに。
何故、こんな思いをしなければならないのか。
私は何もしていないのに。誰のことも想っていないのに。
最終学年になり、ステラのいるクラスと合同授業が増えた。
始まりは召喚の儀式だった。魔法陣の中央で泣き崩れる彼女を素早く助けたシアン。
目が離せなかった。
魔法薬の授業での実験。失敗したステラの世話を焼くシアン。
彼女を見つめる彼の瞳にドキリと胸が高鳴る。
(この気持ちは、一体、何? 今まで感じたことのない、想い)
ステラのことを羨ましく思った。
エラトス殿下と婚約しているのにシアンにも想われている。けれど彼の想いは成就することはない。私にも希望が見えてきた。もしかしたら、彼と婚約することが出来るかもしれない。
そんな浅ましい思惑は、すぐに打ち砕かれた。
エラトス殿下とステラが、婚約を解消した。
それからはシアンとステラの距離が近づいていくのをただ遠巻きに見ていることしか出来なかった。
王家から婚約を打診された。
これ以上、王家との繋がりを持ちたがらなかった父が前向きに考え始めた。
それは、もうシアンと私が婚約する可能性はないということを意味していた。諦めていた。
私は家の決定に従うことしか出来ないのだから。
しかし、兄ザニアがエリス王女と婚約する運びとなった。私は心から喜んだ。
兄が想い人と婚約でき、さらに私の王家との婚約がなくなったのだから。これで、またシアンと婚約できる可能性が出てきた。
そして、今日のパーティー。
今度はシアンの前で、ステラに突き飛ばされた。エラトス殿下と一緒にいた時には苦しかったのに、何故か、喜びに変わっていた。蔑まれているのに、まったく気にならない。
シアンに手を差し伸べて貰えた。あの時のステラのように。
一瞬、だけど、嬉しくて。
一瞬、だから、切なくて。
すぐに放された手は、彼女に伸ばされて。彼は、彼女だけをまっすぐ見つめていて。
私の想いは、届くことはない。
「俺が協力するよ、メリッサ」
「……え?」
振り向くと、ラサラスがいた。
「わかってるよ。お前の想い」
ハッと息を呑む。
ラサラスはいつものようにニカッと笑い、私の顔を覗き込んだ。
「メリッサ。お前、めちゃくちゃわかりやすい」
「っ!!」
急激に顔が熱っていくのを感じる。ラサラスは、今まで見たこともない真面目な顔をして言った。
「お前とシアンが婚約するのが一番いいと思う」
「え?」
「だから、協力する」
ラサラスの発する甘い誘惑に、私は――抗うことが出来なかった。




