78. 婚約者発表
王城でのガーデンパーティー。
今日ここでエリス王女の婚約者発表が行われる。
貴族たちは期待の面持ちを浮かべているが、王家と四大公爵家だけは知っている。
これは大々的に発表し、知らしめる為だけの茶会で、すでに婚約者は決まっていることを。
「お兄様、ご婚約おめでとうございます」
「ありがとう、メリッサ。でも、まだ早いよ?」
『しっ』と人差し指を口元に当てて、片眼を瞑る。ふふっと、優雅に微笑み合う美しい兄と妹。
『ところで』と兄が妹の様子を伺う。
「ごめんね、メリッサの婚約が決まりかけていたのに。君はエラトス殿下と婚約したかったのではないかな?」
「いいえ。私は特に」
メリッサは目を伏せた。そして、にっこりと笑うと、兄ザニアに言った。
「家に従うまでですから」
ザニアも視線を落とし、『そうだな』と呟いた。
「お兄様。幸せになってくださいね。想い人と一緒になれるのは……とても幸運なことですわよ」
ハッと視線を上げ、妹を見ると、寂しげな笑顔を浮かべていた。
「もしかして、メリッサ。君は――」
「さぁ、パーティーが始まりますわ。主役はお兄様でしょう? しっかりしてくださいね!」
メリッサに背中を押されて、エリスの側に立つ。王女とメリッサが微笑み合う。無理をしているようにも見える妹を、兄はただじっと見つめることしか出来なかった。
ザニアにはメリッサの言葉が引っ掛かっていた。
あれは――彼女にも想い人がいる、と。それが誰なのかは、わからない。
(ずっと好きだったのだろうか? それとも最近、想い始めたのか?)
今までしっかり見ていなかった。
ザニアは近くで妹を溺愛するヴェガードを見て、気が付いた。妹に対して、少しの関心も寄せてこなかったことに。
あのヴェガードでさえ、ステラの想いに気が付かなかったのだ。妹を見ていなかった自分に、わかるはずもない。
妹の婚約者を決める。
その時、自分が少しでも、妹の役に立てたなら。今さらではあるが、彼女が幸せになれるように。
それには彼女の想い人を特定する必要がある。
(その人には婚約者や恋人はいないのだろうか? もしくは、すでにいることがわかっているから諦めているのかもしれない)
これから妹の行動を注意深く見ていこうと、兄はそう心に決めた。
わりと自由に婚約者が決められるこの国であっても、王家と公爵家だけは話が別だ。やはり、家同士の結び付きがあったり、釣り合う身分が必要だったりと、しがらみがある。
妹が今後、婚約する可能性があるとしたら、相手が四大公爵家であれば、グラフィアス家のラサラスか、メラク、プレアデス家の三兄弟、アステリア家のヴェガードだ。
父がどう考えているか。
あれほど王家と縁を結びたがらなかった現当主が急に考えを変えたのには、何かわけがあるはず。
四大公爵家の中にも確執があるのは知っている。
特に今の当主では、グラフィアス家とプレアデス家である。トゥレイス家は王家の隠密を担っているため、他公爵家との交流は最小限だった。だから、確執があるのは知っているが、それが何なのかは、よくわかっていなかった。
昔、一度だけ、エウロスとヴェガードから聞いたことがあった。グラフィアス家には、『姫』がいたことを。彼らがどれほど、彼女を想っていたかも。
◇◇◇◇
王家主催のガーデンパーティーが始まる。最初に第一王女エリス殿下の婚約者が発表された。
トゥレイス家、ザニアの登場に、貴族たちからは納得の声しか上がらなかった。相手が彼なら仕方がない、と。
パーティーは順調に進んでいく。
和やかな雰囲気が、まるで二人を祝福しているかのようだった。
突然、一つのテーブルの周りが騒がしくなる。
そこにいたのは――
芝に両手をついて倒れ、俯くメリッサと、それに冷たい視線を向けて見下ろす、ステラだった。
メリッサの側には、シアンの姿があった。
「ステラ?」
今、目の前で起こった出来事を理解できずにいるシアンがメリッサに手を差し出し、起こす。シアンの手を借り、起き上がるメリッサの顔は、真っ赤になっていた。
ステラの表情は、ますます鋭くなる。
「お兄様の婚約発表の場で、ご自身の婚約者探しですの? まぁ、素敵なご身分ですこと」
蔑むような視線をメリッサに送る、ステラ。その視線をシアンに移す。
「お二人とも手を取り合って……とてもお似合いですことよ? ご婚約されてはいかがかしら?」
ステラの言葉に、メリッサの顔はますます赤みを帯び、小さく俯く。それはまるで――恋をしている少女のように。
エラトスとメリッサを罵倒していた時との表情の違いに、ステラはクスッと笑う。彼女がシアンに恋をしていることを確信したのだ。
突然、態度を変えたステラに、怪訝な顔を隠せずにいたシアンが支えていたメリッサを放し、ステラの手を取る。しかし、ステラはすぐにその手を振りほどいた。
そして、騒ぎに気付き、駆けつけたヴェガードに向けて言い放つ。
「お兄様。気分が優れませんので、先に帰る無礼をお許しいただけますでしょうか」
呼び方に違和感を感じたヴェガードは、心配そうにステラを見つめる。
「わかったよ、ステラ。すぐに馬車を用意させる。――大丈夫かい?」
ステラは返事もせずに、ヴェガードとシアンから視線を外す。くるりと向きを変えると、馬車の乗降場所までゆっくりと歩き去った。
ヴェガードとシアンは互いに顔を見合わせる。
――これはマズイことが起きている、と。
◇◇◇◇
「うっ、うぅ……」
誰もいない馬車の乗降場所に近い庭園の隅。
一人の令嬢が生垣にもたれかかり、胸を抑えて、うずくまる。はぁはぁと息を荒くし、顔を歪めた。
(――おかしい。これは『呪いの発動』だ。『呪い』は、すでに解けたはずなのに……どうして?)
胸の奥に蠢く黒い血液に息が止まりそうになる。
(それに……さっきの、あれは――)
その令嬢は、その場で意識を手放した。
倒れた令嬢に一つの足音が静かに近付いてくる。
「ごめんね、ステラ。もうこの方法しかないんだ」
意識を失った彼女を抱きかかえる。
彼は彼女を抱えたまま、そっと家紋の付いた馬車に乗せると、御者にゆっくり走るよう指示を出す。
王城の庭園から蠍の紋章が描かれた茜色の馬車が静かに走り出した。




