76. 火の公爵家
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屋敷に戻ると、アリサが帰り支度をしていた。
「あ! ステラさん。お帰りなさい!」
「只今、帰りました。もう、帰られるのですか?」
「ええ、……待たせてる人がいるので」
にっこり微笑む顔は、とても穏やかで愛らしい。
素敵な恋をしているのだな、と感じた。
ステラは先程のシアンとのやり取りを思い出して胸が苦しくなった。
「あ、そうだ! ステラさんに、これを」
そういうと、魔法石が組み込まれたブレスレットを渡される。
「これは?」
「光魔法がかけてあります。万が一、何かあれば、これを通して私と連絡が取れます」
「へぇ……トランシーバーみたいな感じ?」
「そうです! それです!」
腕に付けると、アリサが使い方を教えてくれる。
「この一番大きな石をトントンと指で三回弾いてください。そうすると、このように私のブレスレットが光ります」
アリサのブレスレットが光出す。
「わぁ……綺麗!」
アリサは微笑むと、光った自分のブレスレットをトントントンと、先程ステラのブレスレットにしたように弾くと、光が点滅し出す。
「これで少し会話が出来ます」
「便利!!」
ステラが瞳を輝かせると、アリサはステラの耳元で囁いた。
「――いいですか? 続編では“グラフィアス家”に要注意、ですよ?」
「えっ?」
弾かれたようにアリサを見る。
「正直、もうゲームとは全然、話が違っています。だから、このまま何もなければ、それでいいんですけど。もし何かあれば、すぐに連絡ください」
「アリサさん……」
ガシッと、アリサを抱き締める。
突然のことに驚いた顔をしたが、すぐに緩めると優しく抱き締め返した。
「私はステラさんに助けられました。私もあなたが困っている時は助けたい」
「ありがとう。本当に心強いわ」
二人で微笑み合っていると、ヴェガードが声をかけてきた。
「仲良しのお二人さん。そろそろ馬車を出すよ」
アリサは馬車に乗り込んだ。
「アリサ嬢。今回は本当にありがとう」
「いえ。なにか力になれることがあれば、いつでも駆けつけますわ」
ヴェガードは穏やかな笑みを浮かべた。
馬車が走り出す。
遠くなっていく馬車を見つめながら、ヴェガードにステラは話しかけた。
「兄さま。お話があります」
「うん? 構わないよ。サロンにいこうか」
「はい」
二人は屋敷の中へと戻っていった。
◇◇◇◇
火魔法を得意とする公爵『グラフィアス』家。
別には武力を得意とし、『裏組織』では《攻撃》を担っている。
『彼奴だけは絶対に許さない! ――シェアト!』
グラフィアス家の第一子は女の子だった。
第一王子エウロス、プレアデス家アトラス、トゥレイス家ザニア、アステリア家ヴェガードと同じ年の娘。先に生まれた四人は男児。
王家と四大公爵家の中で、唯一の女児の誕生に、グラフィアス家は沸き立った。第一王子エウロスとの婚約を見込めたからだ。それが叶わなくても、他公爵家の男児の誰かと婚約出来る。――長年の夢が叶うのだ。
王立魔法学園に通う学生時代。
犬猿の仲、と言われていたプレアデス家とグラフィアス家だが、本人たちは違っていた。家の手前、そう見せかけてはいたが、実際には切磋琢磨し合う盟友だった。
家同士の問題も、いつか自分たちが当主になった時、覆してやろうと笑い合っていた。
――あの時までは。
彼らの嫡子令息令嬢が5歳の頃のことだった。
下の子どもたちも皆、2歳と同じ年で互いの屋敷を行き来しては交流を持たせていた。公爵夫人同士も仲が良く、休日には当主同士も集まり、幸せな時を過ごしていた。
しかし、そんな日々も永遠には続かなかった。
ある日の茶会。
その日はプレアデス家の庭園で行われていた。
四大公爵家の中でトゥレイス家だけは参加していなかったが、三公爵家とエウロス王子が来ていた。
水魔法の公爵家というだけあり、庭園には噴水や大きな池どころか、小さな川まで流れていた。
不幸な偶然は重なってしまった。
小川の畔で遊んでいた子どもたちが顔を青くし、走ってくる。茶を楽しんでいた夫人たちは、一気に表情を強張らせた。
「大変だ! ルフィーナが――」
最初に駆け込んできたのはアトラスだった。
グラフィアス家の第一子、ルフィーナは火魔法の得意な公爵家の娘とは思えない程、水魔法を得意としていた。わずか5歳にして、その才能を開花させていたのだ。
火魔法の得意な家系といえど個人差があり、もちろんそれはルフィーナに限ったことではなかった。
だから、ほんのわずかな疑念は受け流していた。
バルカン・グラフィアスにとって、シェアト・プレアデスは唯一無二の親友だった。
バルカンは彼のことを信頼していた。どんなに、グラフィアス家当主に囁かれても、それを鵜呑みにせず、バルカンは自分が見たもの、感じたものだけを信じていた。
妻のフローラが学生時代、シェアトに好意を寄せていたことは知っていた。
王家以外、わりと自由に婚約者を決められるこの国では、学園で恋人を探すことが常だった。
だから、そんなこと少しも気にしていなかった。
フローラの想いは成就することなく、シェアトは幼馴染みのフィアナと婚約した。
フローラを慰めるうちに恋に落ちた二人は、その後すぐに婚約し、彼らが結婚してから半年後には、二人も結婚した。
それから暫くして、フィアナが第一子を身籠り、その半年後に、フローラも第一子を妊娠した。
プレアデス家に生まれたのがアトラス、グラフィアス家に生まれたのがルフィーナだった。
バルカンは喜んだ。これで夢が叶うのだ。
アトラスとルフィーナが結婚すればプレアデス家とグラフィアス家の長年に渡る不仲は解消される。
しかし、ここで二つの疑念が生じた。
シェアトにもフローラにも反対されたのだ。
二人とも第一王子エウロスと婚約させるべきだと強く推した。
(――果たして、理由はそれだけか?)
バルカンの中に黒い疑念が渦を巻き始めた。グラフィアス家、前当主の父に言われていた。
今でもまだ、シェアトとフローラは定期的に隠れて会っている、と。
確認するため、後をつけたこともあった。
確かに二人は会っていたが、どこか親密な関係という感じではなかった。だから、安心していた。
もう一つの疑念はルフィーナの『色』だった。
バルカンは真っ赤な髪にオレンジの瞳。フローラは薄いオレンジの髪にグレーの瞳。
娘ルフィーナの髪は――青みがかった銀色、瞳はアクアマリンのような薄いブルーだった。
それは、まるで――シェアトの『色』だった。
(――まさかな。そんなはずはない)
お互いに二人目が生まれた時、ラサラスの『色』にホッとする自分がいた。目を見張るほど鮮やかなオレンジの髪、ダークレッドの瞳。
明らかに『火魔法の公爵家』の容姿に安堵した。
その頃だった。ルフィーナの魔力が『水』を帯びていることがわかった。彼女の『色』からいってもそれは間違いなくわかっていたことだったが、現実に目の当たりにすると、やはり落胆した。
それでも、バルカンは二人を信じていた。
――そう、あの時までは。
小川の畔で遊んでいた子どもたちは互いに覚えたばかりの魔法を見せ合っていた。突然、ルフィーナの魔力が暴走し、小川の水を捲き込んだ。
アトラスの声に一番に駆け出したのは、シェアトだった。その様子は尋常ではなく、それはまるで『我が子を助ける父親』のようだった。
バルカンは何も考えられなかった。
――何も出来なかった。
目の前で自分の娘を抱きかかえ、泣き崩れる友と妻をただ呆然と見ていることしか。
そして、疑念の渦は確信へと変わった。
黒く激しく巻く渦にバルカンの心は飲み込まれていった。
ルフィーナの葬儀が終わるとバルカンはフローラを軟禁状態にした。
もう二度と、シェアトと関係を持てないように。
裏切られた怒りと悲しみで魔力が不安定な状態でフローラを求め続けた。そのせいで、宿った双子の魔力に問題が生じるとは思いもせずに。
以来、グラフィアス家とプレアデス家には、以前以上の溝が深く深く刻まれてしまった。
王家から第二王子エラトスの婚約者にアクイラを、という打診にバルカンは歓喜した。
アクイラに打診がきたということは、メリッサが婚約者候補から外れたことを意味している。
婚約者筆頭であった彼女が外れた理由。それは、第一王女エリスの婚約者が関係しているはずだ。
プレアデス家のシアンが婚約者筆頭だという噂はあったが、それでは辻褄が合わない。
ということは、メリッサに関係する誰かが婚約者になるということだ。
(――トゥレイス家のザニア、か)
なるほど。それなら納得だ。
後はアステリア家と縁を結びたい。しかし、相手はあのヴェガードだ。
下手をすると、こちらが『消滅』する。
縁を結べなくともプレアデスとアステリアが縁を結ぶのだけは阻止したい。自分が出張るよりも息子たちの方がヴェガードも手を出し難いだろう。
(――ここは一つ、息子たちに任せるか)
執務室に息子たちを呼び寄せる。
「シアン・プレアデスとステラ・アステリアの婚約を何としてでも阻止しろ! いいな?」
「「仰せのままに。公爵閣下」」
――シェアト。お前だけは、絶対に許さない。




