72. 兄の裏事情
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◇◇◇◇
ヴェガードは第一王子エウロスの執務室にいた。
「妹が世話になったね、感謝するよ」
「勿体無いお言葉にございます。エウロス殿下」
「やめてよ。今は友として話しているのだから」
「……わかったよ、エウロス」
二人は肩を竦め、笑い合う。
「なぁヴェガ。いつまで宮廷法官続けるつもり? 早く俺の近くで働いてよ」
「嫌だよ。それって仕事の話? それなら友としてじゃないでしょ?」
「悪かったよ。でもさ、君のその力、王家としてはとても欲しいんだけど」
「僕はね、今の生活が気に入っているの。それに、君の側近になんてなったら、妹との時間が取れなくなるでしょ?」
「……ヴェガ。君は妹を愛しすぎだよ?」
「そう? 別に禁忌を犯しているわけじゃないし。何の問題もないでしょ?」
飄々とした態度で言う。そんなヴェガードにエウロスは眉尻を下げた。
「……エリスを救ってくれて、本当にありがとう」
「いや、こちらこそ。半分は僕の妹だからね。妹のこと、頼んだよ」
「ああ、もちろん」
「まぁ、大丈夫か。僕らの親友が、婚約者になってくれるみたいだし……ね」
「だな」
二人はまた笑い合った。
「それにしても……年下にモテるんだな。アイツ」
「というか、妹キラーなのかな?」
「他にもいるのだろうか……」
「うわぁ、どうだろ。いそう? 僕もステラの想いには気が付かなかったし……」
ヴェガードは落ち込み気味に呟く。
「アクイラは平気か? エラトスの婚約者候補筆頭になるんだぞ」
「ああ。そうか……ザニアがエリスと婚約したら、エラトスはメリッサと婚約出来ないからね」
思わぬ、妹キラーの登場に兄二人は頭を抱えた。
ふと、エウロスが『そういえば』とヴェガードに向き直る。ヴェガードが視線を合わせた。
「ステラはどうするんだ?」
「え?」
「ステラの婚約者が決まっていないだろう?」
「ああ」
セイラ――いや、もうステラなのだが。このままいけば多分、シアンと婚約させるだろう。エリスの婚約者が正式にザニアで決定すれば。王女の婚約者発表を待ってから決めることになるとは思うが。
「もう一度、エラトスと婚約してもらえないか」
「は?」
思いがけないところからの申し出にヴェガードは呆気にとられた。
「元々そのつもりだっただろう? 今はもう懸念はないはずだ」
「いや、しかし……」
「俺の守護神も、もう問題ないと言っているし」
「え?」
「俺の守護神。風を司る神アイオロスが、ね」
第一王子エウロスは、アステリア家の得意とする風魔法と相性がいい。本来なら彼がステラの婚約者でも良かったのだ。しかし、彼が風を司る神を守護神とすることは、召喚の儀式までわからなかった。それにエウロスはすでに13歳で婚約していたのだ。王家はアステリア家との繋がりを持つためにステラと第二王子エラトスを婚約させた。
「俺としては、次期国王としてアステリア家が必要なんだよね。風魔法の公爵家が王家にいてくれた方がいいわけ」
「ああ……」
「まぁ君が俺の側近になってくれるなら、ステラは自由に婚約が出来るよね」
エウロスがにっこりと笑う。ヴェガードは、はぁとため息を吐いた。
「君。本当にいい性格してるよね。王様向き」
「お褒めの言葉、ありがとう。君の褒め言葉が一番嬉しいね」
「別に褒めてないけどね」
ヴェガードは肩を竦めると、エウロスは得意気にニヤリと笑い、返事を急かす。
「さぁ、どうするの?」
エウロスが視線をヴェガードに戻すと、そこには笑顔を失くした冷酷な顔があった。
「大事な妹を引合いに僕を脅すなら徹底的に受けて立つけど?」
エウロスは目を開き、困ったように苦笑いした。
「いや……それはマズイ。君を敵に回したくない。悪かったよ」
「やり方がね」
「違う方法を考えておく」
「そうして貰えるとありがたいよ」
今度はヴェガードがにっこりと笑った。
「僕もこの国を愛しているんだ。『消滅』させたくはないからね」
ヴェガードの微笑みと言葉にエウロスはぶるりと身体を震わせた。
◇◇◇◇
風魔法を得意とする筆頭公爵『アステリア』家。
それとは別にもう一つの得意属性がある。
――《闇魔法》。
ステラが悪役令嬢だった所以である。
ステラの得意属性だということは勿論、その兄であるヴェガードも然りである。
皆が挙ってヴェガードを恐れる理由。
それは彼がこの国で唯一の《闇魔法》『破壊』と『消滅』の遣い手だったからだ。
王家の隠密トゥレイス家と違った形の『裏組織』である。彼らが《土魔法》で『痕跡』を辿り、必要とあれば、アステリア家が《闇魔法》の『破壊』か『消滅』を遣い、秘密裏に処理する。
ヴェガードの力がわかった時、王家はどうしても彼のその力を血縁という形で囲っておきたかった。しかし、安易に取り決めれば、王家自体が危うい。幸い、子どもたちが学友となり、良い関係を互いに築いてくれた。そして、何より大切にしている妹がすでに第二王子エラトスと婚約していたのだ。
王家にとっては、それが救いだった。
だから、テミスの予言によるエラトスとステラの婚約解消は王家にとって、痛手ではあった。ただ、テミスの予言によりステラの命が危ないとわかっていながら婚約を継続する方が危険だったのだ。何故なら、ステラを溺愛するヴェガードがそれを知った時、王家が『消滅』することは確実だからだ。
王家にとっては痛手となる婚約を解消してまでもステラを救った、と恩を売りたかった。
その懸念が今、なくなったのだから勿論、ステラが欲しい。しかし、ヴェガードは、今のステラの『想い』を知っている。無理に王家に嫁がせる理由はないのだ。
ステラの幸せが、ヴェガードの幸せだった。
表情をくるくると変えるようになった妹のことがいつの間にか、可愛くて仕方がなくなっていた。
エラトスとの婚約の時、学園に入学前だった彼は妹に対して、特に思うところがなかった。父や母も王家との縁談を見越して、妹を教育していたのだ。成るべくして成った、としか感じていなかった。
学園に入学後。
ヴェガードに《闇魔法》の才能が開花した。
他を寄せ付けない圧倒的な魔法技術。そしてそれを涼しげに遣いこなす生徒に教員は震え上がった。
アステリア家の当主はヴェガードに『破壊』と『消滅』どちらかを継承させることにした。
しかし、彼はどちらも遣いこなしてしまった。――規格外だった。過去に両方を同時に遣える者はいなかったのだ。
アステリア家の当主であるヴェガードとステラの父は、早々にヴェガードに家のことを引き継いだ。故に、ヴェガードがステラの婚約なども取り仕切ることが出来るようになったのだ。
現在、父は当主という名と、領地を切り盛りする領主の仕事のみを請け負っている。元々母を溺愛しており、《闇魔法》を扱うと思えない程の優しい人物である。父は『裏組織』が似合わない人だ。どちらかといえば、母の《闇魔法》の方が子どもたち二人には近いものがあった。
彼が力を引き継いだことは王家と四大公爵家のみの機密事項だった。だから、表向きは《風魔法》の公爵家嫡男である。そして、現在は宮廷法官として王城で働いている。同じく『裏組織』を継ぐザニアが優秀な為、ヴェガードはほぼ出る幕はない。
彼は今の環境に満足している。
いつまで続くかもわからない、この平穏な毎日を少しでも長く堪能したい。
せめて、ステラが結婚して、アステリア家を出るまでは。
それまでは――
――僕の愛する妹として、側にいて……セイラ。




