71. 記憶の受容
「さて、ステラ。これから君はどうするのかな?」
ヴェガードの一言で視線がエリスに集中する。
「君の身体は限界が近い。だけど、今すぐにステラの身体に君の魂が戻るのは不可能……」
エリスと視線を合わせるように側に跪くと、彼女の手を両手で優しく包み込み、握り締めた。
「僕はステラを助けたい。君がどう思っていようと僕は君の……ステラのたった一人の兄だ」
「ヴェガお兄様……」
「方法はあるよ、本当に」
「え……?」
「ステラを助けられる方法が」
エリス王女の姿をしたステラは瞳を揺らす。
「彼女は魔道士ではなく、聖女なんだ」
ヴェガードはアリサに視線を送る。その視線を追うようにエリスもアリサを見る。
「彼女は光魔法を遣える。彼女の光魔法でステラの魂を浄化すれば、大地の神クロノスが君を守護してくれるよ」
「あ――」
ハッと、何かに気が付いたエリスは自分の胸へと手を当てた。
「そういえば、何かを……感じていたわ」
ヴェガードは優しく笑った。
「その後は……ステラが頑張るんだよ?」
「え?」
「苦しいかもしれない。だけど、君がエリス王女の記憶を受け入れれば、これからも生きていける」
エリスは俯いた。その顔は表情を変えることはなかったが不安そうにみえた。
ヴェガードは愛おしそうな微笑みを浮かべ、彼女の目をまっすぐに見た。
「君の魂――ステラの魂にかかっている『呪い』は僕の親友が解いてくれるはずだからね。心配はいらないよ」
そういってエリスには片目を瞑って見せ、視線をザニアに向けた。
『僕の親友』と言われた時点で、すでに目を丸くしていたザニアはそれをさらに見開いた。
そして、徐々にその顔は苦笑いに変わる。
「大丈夫。僕は妹を溺愛しているからね。君を悲しませるようなことをしたら、容赦しないから」
「ホント、笑えないから。笑いながら言わないで」
ザニアの顔が引きつる。そんな二人のやり取りに降参したように、ふっとエリスが微笑んだ。
「わかったわ、お兄様。アリサさん、よろしく」
そういうと、側にアリサを呼び寄せる。
アリサは王女に近づくとそっと手をかざした。
ふわりと温かい光に包まれる。エリス王女はキラキラと輝く光の中で目を閉じた。
ステラの魂が浄化され、エリス王女の記憶が入ってくる。今まで拒絶し続けていた記憶が。ステラが想いを寄せるザニアとエリス王女の記憶。二人だけの秘密の時間。相思相愛と失恋を一度に味わう苦しみ。胸をぎゅっと抑え、涙を溢す。ポロポロと止めどなく。
不意に、背中に温かさを感じた。
見上げるとそこにはザニアがいた。兄ヴェガードとザニアに護られている。背中に添えられた温かいザニアの手。そして、兄が握る手。それを感じるともう涙は止まっていた。光が収まっていく。エリスの身体は驚くほど軽くなっていた。
大地の神クロノスが姿を現す。
『星花の光は無事に使われた。――もう大丈夫だ。私はエリスが召喚の儀式を行うまで、今度こそ在るべき場所へ帰るとするよ』
そう言い残すと、光と共に消えた。
不意にセイラがザニアに近づいていく。そして、彼の耳元に顔を寄せた。その場の全員が息を呑む。
セイラは口元を手で隠し、何かを囁くと彼の顔はみるみる赤く染まっていく。
その様子をみていたシアンもエリスもヴェガードも、顔をしかめた。
囁き終わると、何事もなかったかのようにシアンの隣に戻ったセイラに視線が集中する。その視線にセイラは首を傾げた。
「何を言った?」
「へ? 何も?」
シアンの問いかけに首を傾けてはぐらかす。彼女はただ、じっとザニアを見ていた。
ザニアは真っ赤になった顔を自身の腕で隠すと、呼吸を整えていた。
「ザニア」
エリスが声をかける。
「ステラさんと婚約なさるおつもりですか?」
上目遣いで恐る恐る聞く。その彼女の姿はエリス王女そのものだった。
「いいえ」
そう言うと、ザニアはヴェガードに『いいか?』と確認する。ヴェガードは優しく笑い、エリスの手を放して、距離をとった。
ザニアは王女に跪く。
「私、ザニア・トゥレイスはエリス・アルカディア王女を、心から愛しております。すべてを愛します。貴女の魂も抱えた苦しみも何もかもを――すべて」
赤く染まったエリスの頬に優しく手を添えると、頬より赤い唇にそっと口づけをした。
一瞬の出来事に、皆が息を止め、目を瞬かせた。
セイラは満足げに微笑む。そんなセイラをシアンは怪訝な顔で見ていた。




