70. 彼女の記憶
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◇◇◇◇
私は彼女が憎かった。
彼女は王女。
花のように舞い、周囲を明るく照らす。誰もが、その笑顔と美しい心に虜になる。
私の――慕う人までも。
気が付いたときには彼女を追う彼に心を奪われていた。彼の目には常に彼女しか映っていなかった。
あの日もそうだった。
13歳。王城での茶会。
いつものように彼女を追いかけ、それを捕まえる彼。微笑み合う二人。
ぼんやりと見ていることしか、私には出来ない。
この場で第二王子の婚約者発表することは事前にわかっていた。正式に王家から申し出を受けていたからだ。
単純にそれを広めるためだけの茶会。
不満はない。
第二王子の妃の座に付けるのだから。この上なく名誉なことだろう。
幼い頃からそのためにと一通り教え込まれていたのだ。今さらそれが現実になったところでどうとも思わない。私の心も、表情も、一切、変わることはなかった。
元々表現が乏しかった。それだけではなく、自分が思うことと行動が伴わないことがよくあった。今思えば、あれは……ルーカスの魂が私の魂に纏わりついていたからだったのかもしれない。私の感情は良くも悪くも波が立つことなどなく、いつも凪いでいた。私の心に漣を立てたのは――彼だった。
公爵令息ザニア・トゥレイス。
兄と同じ年の少年。兄ヴェガードとまた違う種類の優しい瞳を持った少年だった。彼の側にはいつも彼女がいた。この国の愛すべき王女エリス。
幼い彼女に5歳年上の彼は付きっきりだった。
その時はまだよかったのだ。
まだ少年の彼も幼すぎる彼女も、そして、私自身でさえも、その『想い』が何なのか気付かなかったのだから。
彼が青年になり、彼女が少女になる頃、その関係が確信に変わった。その『想い』が『恋』だと気が付いたのだ。それからは、私の胸の奥に黒い血液が渦巻くのをどうにか押し留めていた。これが、私にかけられた『呪い』だとも知らずに。
泣きたいという気持ちはこんな感情なのか。私の知らない感情。これは嫌な気分ではない。むしろ、知らないことを初めて知った時のような。
淡い感動さえ、覚えていた。
第二王子の婚約者として発表された茶会の後。
妃教育のため、王城に登城することが増えた。
その頃から体調が思わしくなくなったエリス王女の話し相手としても選ばれた。
『ステラ様。ようこそ、いらっしゃいました!』
花が舞うかのように微笑む。その微笑みとは似合わない格好に場所。――彼女はベッドの上だった。
『お招きいただき、ありがとうございます』
『こちらこそ。妃教育で大変なのに……申し訳ありません』
肩を落とし項垂れる姿はまだ11歳の少女とは思えないほどの華麗さを纏っていた。庇護欲をくすぐるというのはこういうことだろうか、と思った。
『でも! 私、とても楽しみにしておりましたの』
すぐに顔を上げると、ぱぁっと笑う。
『ステラ様! 私、ステラ様のこと「おねえさま」とお呼びしてみたかったのです。あの……よろしいかしら……?』
上目遣いでお願いしてくる。
私は表情が作れない顔の口元に懸命に力を入れ、口の両端を精一杯、引き上げる。
『……ええ、構いません。エリス王女殿下のお望みのままに』
『嬉しいですわ! ステラおねえさま』
後ろに控える侍女たちも『よかったですね』と口々に王女に声をかける。――私の張り付いた笑顔にも、気が付かずに。
なんて幸せな人たちだろう。
きっと私の胸の奥に蠢く黒い血液を知りもしないのだろう。確かに体調が悪くなっていくのは不安も恐怖もあるかもしれない。私にもその気持ちはわからない。
ただ。貴女は持ちすぎている。私が欲しいと思うものをすべて。
私はその感情が『憎悪』ではなく『羨望』だと、初めて気が付いたのだ。
私は彼女が羨ましかった。
私は彼女になりたかった。
私の魂が叫んでいたのだ。
――エリスになりたい、と。
◇◇◇◇
ステラの記憶を受け入れたセイラにはステラの中にある本当の想いがわかっていた。
だからエリスがステラだとわかった後、エラトスとの再婚約を打診したのを不思議に思った。何故、あの時、最初にエラトスを選んだのか。
ここに来て、悪魔を見た時に気が付いた。彼女は目覚めた時、元の身体に戻る方法がわからなかったのだと。
エラトスとステラが再度婚約することで、進められていたエラトスとメリッサの婚約を阻止したかった。そして、エリスとザニアを婚約させたかった。トゥレイス家から二人も王族と婚約させることなど出来ないから。
シアンに拘ったのは、ステラと婚約しそうだったから。エリスの婚約者候補筆頭としておき、ステラがエラトスと再婚約したところで、ザニアとの婚約を打診すればよかった。
しかし、身体が限界を迎え始めた。彼女が焦っていると、彼女の元に悪魔が現れた。
思いがけない出来事に計画を変更した。ステラがステラとして、ザニアと婚約できる方法を見つけたから。
それからは、簡単だ。エラトスとメリッサの婚約を進めさせる。エリスはシアンとの婚約を進める。そうすれば、ステラの婚約者候補にザニアが上がるはず。すべてが決まるまでどうにか身体を持たせ、その時が来たら悪魔に願うはずだった。
――ヴェガ兄さまに阻止されたのだが。
ステラの性格から、ステラがエリスの記憶を素直に受け入れることが出来ないこともわかっていた。だからこそステラには、その想いを、苦しんだことすべてを素直に受け入れて欲しかった。
確かに、自分が慕っていた人に慕われていた人の記憶を受け入れるのは、あまりにも過酷で苦しい。
彼女が彼に抱いていた気持ちも、二人だけの秘密の記憶も、自分が経験したことではないのに入ってくるのだから。さらに言えば、ステラも彼に対してまた違った想いを抱いていたのだ。自分が、こんな想いを抱いていた時に二人はこんな状態だったのだと知ってしまうのだから。
ステラだけに苦しんで欲しくなかった。その苦しみをザニアにも伝え、彼もその苦しみを受け入れる彼女の『想い』をわかった上でステラを受けとめて欲しかった。エリス王女の代わりではなく、ステラとしても、もちろんエリスとしても。例え、エリスの身体がなくなってしまったとしても。
むしろ、それだけの器量がなければ、彼女を受け入れる資格はない。私はザニアを試したのだ。
ステラの身体の現在の保持者として、それくらいのことはさせてもらおう。
そして、私にはもう一つ、やらなければならないことがある。シアンの『凍らせた心』を溶かして、かけられている『呪い』を解除することだ。彼には私の魂とステラの身体が必要だ。先ほどの話の流れから推測すると、今すぐに消えるわけではないようだけれど、こちらも急がなければならない。
私は多分、近いうちに消えてなくなるのだから。
せめて、最期に。
愛する人を救って消えようじゃないか。
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