69. 王女の記憶
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『ザニアーっ。こっちよー』
花びらのように舞う、ピンクブロンドの髪。キラキラした笑顔を振り撒く、花の妖精。愛らしいその姿に、誰もが顔を綻ばせる。
我が国の第一王女エリス・アルカディア。誰からも愛される美しく愛らしいお姫様。
彼は彼女を追いかける。
『王女様、そんなに走っては危ないです』
笑いながら、彼女を捕まえる。
腕の中に収まるとキラキラした金色の瞳が下から彼を見上げ、その瞳に映す。
二人は、微笑み合う。
その姿はまるで絵本から飛び出した王子様とお姫様のようだった。
王家の茶会。エリス王女が11歳の記憶。
この日は第二王子エラトスの婚約者を発表する日だった。エリスは、ワクワクする気持ちを隠せずにいた。いつも以上に、はしゃいでしまっていた。
(――私のお義姉様になる方が決まるのよ!)
二人の兄しかいない彼女は新しく出来る『姉』という存在に、期待と不安を抱いていた。もちろん、第一王子エウロスの婚約者発表も以前、あったのだが幼すぎてあまり覚えていなかった。
(どんな方かしら? お義姉様とは、どんなお話が出来るかしら? 仲良くしていただけるかしら?)
ワクワクとドキドキ。
早くなる鼓動を隠すように走り回った。
隠密でエリス付きの彼に捕まり、彼の腕に収まると一度、その胸にぎゅと顔を押し付ける。彼の落ち着く優しい香りに包まれて、ようやく鼓動が平常を保つ。
エリスが顔を上げると、愛おしそうに細められたヘーゼル色の瞳と目が合う。太陽の光に照らされて透けるミルクティブロンドの髪が光輝く。そして、何よりも優しい微笑みが向けられる。
エリスは彼が大好きだった。そして、きっと彼もまたエリスのことを愛していた。
誰から見ても相思相愛の二人。
第二王子エラトスの婚約者が発表される。
公爵令嬢ステラ・アステリア。
美しく凛としていて、背筋を伸ばし、表情を一切変えない彼女は、エリスから見ても一国の王子の妃として、もうすでに申し分のない姿だった。
(――あの方が、未来の私のお義姉様……)
風にさらりと舞う美しいイエローゴールドの髪。瞳はエメラルドのような輝くグリーン。
(――なんて……美しい方なのかしら……)
名前を呼ばれても動じず、笑顔の兄のエスコートを受け、第二王子エラトスの隣に並ぶ。美しい二人の姿にエリスは胸の前で手を組むと、キラキラした眼差しを二人に送る。
(――お似合いだわ……とても。エラトスお兄様、少しお顔が赤いわ。照れていらっしゃるのね、うふふっ。あのエラトスお兄様をあんなに可愛いお顔にさせてしまうなんて。凄いわ、ステラお義姉様)
エリスはすぐにステラが好きになった。
あまり表情を変えない人だったがエリスの質問に受け答えはしっかりしてくれていた。王女のステラへの憧れは強くなる一方だった。
茶会の後、エリス付きの隠密であるザニアは16歳になり、第一王子エウロスと共に学園に通うようになると、ほとんどエリスと顔を合わせなくなった。
その頃から徐々に、エリスの体調が思わしくなくなっていく。妃教育を受けるために、王城に来る、年の近いステラがエリスの話し相手となった。
学園に通い始めたザニアとステラの兄ヴェガードの話をたくさん聞いた。ザニアはヴェガードの一番の学友となり、よく屋敷に来るという。
外でのザニアの様子に、そして、自分の知らない彼を知っているステラに少し嫉妬した。まさか自分にもこんな感情があるのかと、とても新鮮だった。
体調は悪くなる一方だった。それでも時々、会いに来てくれるザニアには決して、弱っているその姿を見せなかった。学園に通う兄エウロスにも、固く口止めした。彼らが学園を卒業する頃には、もう、起き上がることは出来なくなっていた。
そして、遂にその日がやってくる。
明日からザニアが正式にエリス付きの隠密としての勤務が始まる。綺麗な星空の夜だった。
エリス王女は、一人静かに息を引き取った。
次回は、ステラ視点(過去回想)回です。




