66. 兄vs妹②
ふわりと笑ったエリスに、ヴェガードも微笑む。
「この『魔道士』に悪魔を召喚してもらう」
エリスは黙ってヴェガードと『魔道士』と呼ばれている人物を見つめていた。その魔道士が囁く。
『出でよ、悪魔ベリアル』
その声は、透き通る様な女性のものだった。
ぶわりと風が吹き、この世のものとは思えぬ美貌の悪魔が姿を現す。
その姿にエリスの姿をしたステラは目を見開く。
『呼んだか』
「ええ、呼んだわ。ベリアル」
『生きていたのか』
「わかっていたでしょう?」
悪魔は『くくっ』と笑い、チラリとエリスに目をやった。そして、あからさまに眉をひそめた。
『お前たち。またややこしいことをしてくれたな』
ヴェガードが怪訝な顔をした。
「ふふふ……あははっ!」
魔道士と悪魔のやりとりを見ていた王女が突然、笑い声を上げた。その様子にヴェガードは、眉間に寄せた皺を深くする。
「ベリアル」
呼ばれた悪魔は、エリス王女に近づく。
「ステラ・アステリアをここに呼び寄せなさい」
『仰せのままに。王女サマ』
「なっ、ベリアル! お前、何故?!」
ヴェガードの言葉に返事もせず、悪魔はステラを転送させた。転送されてきたステラはキョロキョロと辺りを見回す。
「え? ヴェガ兄さま?」
「セイラ……」
王女は『セイラ』とそう呼ばれたステラに向かい微笑む。
「……そう。貴女は『セイラ』でしたわね?」
セイラは声の方に振り返る。そして、自分が今、置かれている状況に気が付き、驚いて、息を呑む。
「な、何故……」
『悪いな、セイラ』
悪魔が真顔で答える。エリス王女は微笑んだ。
「ありがとう! 魔道士様! 貴女が本当の契約者ね?」
「ステラ?」
「召喚したのではなくて、ただ呼び寄せただけでしょう? お兄様」
「な、なんで……」
王女はふっと鼻で笑うと憐れむように兄を見る。
「私が無知だとお思いですか? 召喚の魔法陣さえないこの場所に悪魔の召喚など出来るはずがありません。例え、その存在を存じ上げない『魔道士様』であっても」
ふふっと笑い声を上げる。魔道士はそっとローブのフードを上げた。
「あ……アリサさん? 何で……ここに?」
「ヴェガード様に呼ばれたの」
「兄さまに?」
「貴女の兄じゃないわ!!」
セイラの肩がびくりと跳ね上がる。エリス王女の凍てつくような視線を受ける。
「ステラ」
ヴェガードがエリス王女の側へと歩みを進める。そして、優しく背中を擦った。
「僕は君の兄だよ」
王女は俯いた。そして、小さく声を出す。
「お兄様」
「何だい?」
「私、今……」
「?」
「最っっ高な気分だわ!!」
エリスは口に手を当て、我慢出来ないというかの如く『ふふふ、あはは』と、大声で笑う。
その異常さにヴェガードさえも首を振る。
「悪魔の方から来てくれたの! 私のところに!」
「――何?」
ヴェガードは悪魔ベリアルを睨む。悪魔は表情を崩さず、ただ目を伏せた。
「願いはないかと! しかも契約者は他にいるの。単純に私の願いを叶えに来ただけなのよ? こんなことってあるかしら?」
ヴェガードはハッと目を見開いた。
自分の失念に気が付いた。――そうだった。彼女もまた『ステラ』だったのだ。
悪魔は魂であるステラにも願いを聞かなければならなかった。エリスの話し方から察するに、恐らくすでに悪魔との取引条件も聞き出している。
それに気付くと、今の状況がどれだけマズイ状況なのかもわかった。ここで悪魔を呼び出したのは、間違いだった。先に魂の浄化すれば良かったのだ。
ステラに信じてもらい、エリスの記憶を少しでも受け入れやすくしようとしたのが間違いだった。
ヴェガードは唇を噛み締め、悔しそうに俯いた。
「ああ。お兄様のそんな顔が見られるなんて」
エリスが満面の笑みで、ヴェガードを見つめる。そして、視線をセイラへと移す。
「今まで私の身体を護ってくださって感謝します」
にっこりとセイラに微笑むと表情を一変させる。真顔のエリスの顔が怯えるステラの顔に、ずいと、近づいた。
「もう消えていいわよ」
セイラは震える身体を両手でぎゅっと抱き締め、エリスを見つめた。そして、細い声を上げた。
「……知ってるわ」
「は? 何を?」
冷たく見つめるエリスに、セイラはその瞳をそらさず、まっすぐ見つめ返して言った。
「貴女の想いを」
「……な、何を……」
「貴女が本当に心から愛する人を知ってるわ!」
エリスが目を見開く。セイラは叫んだ。
「貴女の本当の想いも……すべて!」
「や、止めて……それ以上、言わないで!」
(あの人への想いを告げずに――ステラの本当の想いを告げずに消えるのは、イヤだ!)
エリスが狼狽え、小さく首を振る。そして、悪魔ベリアルに視線を向けた。
「ベリアル!! 私の願いはステラ・アステリアの身体にステラの魂が戻ることよ!」
「「「!!」」」
セイラも、ヴェガードも、アリサも青ざめる。
もう、終わりだ……と。
悪魔は、静かに目を開けた。




