65. 兄vs妹①
王城ではテミスがエラトスに告げていた。
『エリス王女から守護神の気配を感じるわ』
「何だって? エリスはまだ16歳で召喚の儀式すらしていないのだよ?」
『身体に――ではなくてね。アリサちゃんやステラちゃんのように……』
「え? それは……エリスにも?」
『ええ。別の魂を感じるわ』
エラトスは頭を抱えた。
でも一方で、ステラの時のような違和感をエリスに感じていた。意識不明から奇跡的に舞い戻った妹は、まるで違う人物のようだった。
エリスは目覚めてから、あれほどずっと側に置いていたザニアを寄せ付けず、シアンに拘っていた。そして、ステラに敵対心を向けているように感じていた。まるで以前のステラのように。彼女も学園に入学してから、人が変わった。それもそのはずだ。違う人間の魂が入っていたのだから。
――それが、エリスにも?
そうだとしたらもう自分だけで処理できる問題ではない。第一王子である兄上に相談すれば、エリスが好意を抱くザニアにも届くはず。ザニアは隠密である前に兄エウロスの学友なのだから。
エラトスが兄エウロスの私室を訪ねると、そこにはすでにザニアが来ていた。『ちょうど良かった』と、兄とザニアに先程のテミスとの話の内容を伝えると、ザニアはエリスとヴェガードを会わせる許可が欲しいと言ってきた。
それも今日、出来る限り早く、と。
私たちはエリスに何が起こっているのか、ザニアの話を信じられない想いで聞いていた。
◇◇◇◇
第一王子エウロスからエリス王女への謁見許可が下りた。
ヴェガードは足早にエリス王女の私室へ向かう。
扉前で呼吸を整える。
護衛が扉をノックし、王女の許可が下りる。
「エリス王女殿下、本日は急な用件で申し訳ございません」
ヴェガードが深々と頭を下げる。エリスが人払いするとヴェガードは扉を開けたまま、音声遮断魔法をかけた。王女は口角を上げる。
「ヴェガお兄様。いかがなさいましたの?」
ヴェガードはにっこりと微笑んで、早々に本題を投げ掛けた。
「ステラ。悪魔を召喚するつもりだろう?」
王女はゴールドに輝く瞳を大きく見開く。
「協力、しようか?」
「……え? 何ですって?」
戸惑ったように視線を泳がせた。
「僕が協力するっていってるの」
「お兄様、何を仰っていますの? そんなことをすれば、宮廷法官のお立場が危うくなるのでは?」
「可愛い妹のためだからね。そんなの比べるに値しないよ」
「っ!! 何を……仰っているのですか……」
小さく首を振り、怯む。ヴェガードは続けた。
「身体が……限界なのだろう? 今も立っているのがやっとなのでは?」
ヴェガードは王女の側に近づく。そして、優しく支えると、椅子に座らせた。
「どちらにしても、そんな身体では召喚出来ないだろう? だから協力する。ステラがこれからも生きていけるように」
「お兄様……」
王女が俯く。そして、肩を震わせた。
「ふふ……ははっ」
笑い声が漏れる。俯いたエリスの身体から。
ガバッと上げたエリスのその顔には微笑みが張り付いていた。
「お兄様! そんなので私を騙せるとでも?」
ヴェガードは眉をピクリと上げる。
「何を企んでおりますの?」
「何も? ステラ、僕の協力なしにどうやって召喚するつもりなの?」
「まぁ! お兄様。私が何も考えずにそんな無謀なことするとお思いですか?」
ヴェガードは肩を竦めた。
「いや? ステラは用意周到だからね。抜かりなくやると思っているよ?」
にっこりと笑う。
エリス王女の柔らかい顔がらしくなく歪む。
「でも、ステラ。僕が何の勝算もなしにこんな話を君にすると思う?」
エリス王女は鋭い視線をヴェガードに向ける。
ヴェガードは嬉しそうに口角を上げた。
「ステラ。悪魔を召喚したとしても、君は助からないよ?」
「何ですって?」
エリス王女はその可愛らしい顔をしかめた。
「だから『魔道士』を連れてきたんだ」
「『魔道士』? 『魔術師』ではなく?」
「そうだよ」
ヴェガードは音声遮断魔法を解く。そして、廊下に向かって声をかけた。
「入ってきてくれる?」
そう言われて入ってきたのは、ローブのフードを目深に被った小柄な人物だった。エリスの知る人物でも、ステラの魂の知る人物でもなかった。
顔は隠れていてよく見えないのだが。
「ステラ、君は知らないよね。『魔道士』の存在を。それはそうさ。国家機密だからね」
エリス王女の瞳が揺れる。
「大体、予想はついているよ。ステラの身体を取り戻したいのだろう? だから、悪魔と契約したい。――違うかい?」
観念したように大きく息を吐いた。
「お兄様は何でもお見通しですのね」
「そりゃあ、君の兄だからね」
エリス王女の表情が、まるで元のエリスのように緩む。そして、静かに目を伏せた。
「昔から……お兄様には敵わないわ」
そう言うと、ふわりと笑った。
◇◇◇◇
あの作戦会議の後。
ヴェガードとザニアはこの後の対策を練るため、ヴェガードの私室へと移動した。
ヴェガードには一つ、どうしても、引っ掛かっていることがあった。あの時、あの丘で、星花の光は三つに分かれた。一つはルーカスとレイラの元に。もう一つはハデスとアリサに。そして、最後に大地の神クロノスと大地の女神レアの元に。
ルーカスとレイラは浄化に必要だった。ハデスとアリサもまた星花の力を使った。しかし、クロノスとレアは? 彼らに何故、必要だったのか? レアはザニアの守護神で前も今も何ら変わりはない。
そうだとすると、星花の光が必要だったのはクロノスだけだったのではないか。もしくは、彼が守護する者、彼の契約者だ。今の彼の契約者は、エリス王女の中にいる『ステラ』だ。そう考えると、星花の力が必要なのは、『ステラ』なのだ。
ステラがエリス王女の記憶を受け入れ、王女自身になるために与えられたもののはず。それならば、ステラの魂を浄化し、クロノスの守護さえ与えられれば良いのだ。
ただ、どうやって、ステラにアリサを近づけるかが問題だった。
そして、もう一つ、ヴェガードの考えが正しければ、ステラは悪魔とは契約できないはずなのだ。
何故ならアリサがすでに悪魔ベリアルと契約しているから。
それを逆手にとって、協力を申し出たのだ。
ステラがステラの身体を取り戻すことは、不可能だった。それは、ステラの身体にいるセイラもまた悪魔ベリアルの契約者だから。そして、その契約を履行するためにアリサに協力しなければならない。彼女との契約内容は、ステラと契約すること。そのステラの契約内容は、ステラに関わるすべての人の幸せなのだ。そこには、ステラの魂が入っている、エリス王女も含まれる。
だから、安心して交渉したのだ。
ただ、ヴェガードは肝心なことを失念していた。
――彼女もまたステラだということを。




