63. 二人の想い
今後の話をしていた時。
聞き慣れない『ゲーム』という言葉が会話の所々に聞こえた。セイラとベルクルックスだけにわかる会話なのだろう。
確かにセイラが行方不明になり、ベルクルックスと中庭で話した時、彼女は『私を好きになるはず』とか『私が誰と恋に落ちても』と言っていた。それが主体の物語だったということなのだろうか?
セイラがその『ゲーム』をやったことがあるとすれば、攻略対象の誰かのルートを選び、その中で、その誰かと恋をしたはずだ。
それが誰であったのかが気になる。
(セイラは――俺を選んでくれたのだろうか?)
意図せず二人になったタイミングで聞いてみるとセイラは飄々と『一通りやった』と言った。
『いろんなタイプの人と恋愛できるから』と。
一体、何なんだ。
そのゲームの中の俺はセイラにとってどんな相手だったのだろう。
攻略対象の中でセイラが一番、気に入ったのは誰だったのか。
そんなことばかり、気になっていた。
馬車の中で俺に対する『想い』があるかどうかはわからないと言われた。そのことが余計に響く。
ゲームの中であっても、俺には特別な『想い』を抱いてはくれなかったということなのではないか。
そうだとすると、セイラに特別な『想い』を抱かせた攻略対象がいるのかが気になってしまった。
追及すれば『ヴェガード』だと言った。
確かに彼女は、ヴェガードとの関係に悩んでいた時期があった。それを思い返せば、彼女の一番は、間違いなく『ヴェガード』なのだろう。
あの時、彼女は『兄にときめいた』『この先、恋愛感情になるかもしれない』と悩んでいたのだから。
誰にも聞こえない大きなため息を吐いた。
セイラがサロンを出てしばらくすると、ステラの身体にかけられた呪いの発動を感じた。感覚のままに駆け出すとベルクルックスのいる客室だった。
部屋に飛び込み、見回すと、セイラが苦しそうに胸を抑え、しゃがみこんでいた。
あの苦しみはよくわかる。それだけに一刻も早く浄化してやりたくて、ベルクルックスを押し退け、抱き締めていた。
セイラが落ち着いたのを確認し、ベルクルックスに何があったのか聞いたがセイラに口止めされた。
(何故だ? 何故、そこまでして隠そうとする?)
セイラに『時間が欲しい』と言われた。それで、セイラの気持ちが俺に向くのなら。
いつまででも、いくらでも、待ってやる。
◇◇◇◇
セイラは私室に戻っていた。そして、ずっと考えていた。
自分にもきっとシアンが必要なのだ。そんなことは、もうとっくに、わかっていた。
でも素直に受け入れることが出来なかった。
それはきっと――私の前世が関係している。
私の家庭は多分、普通だった。
父は真面目な人だった。
会社からどこにも寄らずにまっすぐ帰ってくる人だった。飲みにも行かず、休日も家でゴロゴロしている様な人だった。友人や知人などいかなかった。時々、いつも家にいる母に嫌みを言っていた。父はとてもつまらない人だった。
母は人が良すぎたのかもしれない。
そんな父に何も文句を言わない。だからと言って邪険に扱うこともしない。父に嫌みを言われても、何も返さない。母もまたとてもつまらない人だったのかもしれない。
いつもつまらなかった。……苦しかった。誰かと関わることが。家族でも友人でも。
代わり映えのない毎日を繰り返す日常。――生きていることが。
全てを捨てて、投げ出して、ここではないどこかに逃げ出したかった。
私は……何のために生きているの?
私は……どうして、ここにいるの?
私は、このまま生きていていいの?
たった一つ。
たった一つでもいいから、自分の生きていた証が欲しかった。
きっと、あの時。
私は私が生きた証を残せたのかもしれない。
伸ばされた手を掴んで、彼を助けたあの時に。
代わりに私が死んだ。
彼は――無事だったのだろうか。
『助けて』
私もきっと彼に助けてもらった。
『もう一度、生き直したい』
そう、思えるほどに。
『じゃあ、この世界で生き直してみる?』
私の魂は時を司る神クロノスに出会った。
『ボクと契約して、この世界で生き直してみる?』
『もう一度、生き直したい!』
『それなら……ボクを助けてくれる?』
『ええ、助けるわ』
『この世界で生きていくキミの運命は、とても辛く苦しいものだよ? ……それでもいいの?』
私はまっすぐ前を向き、クロノスに言った。
『いいわ。もう一度、やり直したい』
『わかった。キミの名前を教えて?』
『私の名前は「星 聖来」』
『よろしくね。ボクの契約者セイラ』
それがまさか『星の花の神話を聴かせて』という人気乙女ゲームの世界だとは思いもよらず。
そして、その中で必ず処刑される悪役令嬢を生きることになるなんて。
神様は生きることに執着しない私に、生きることを学ばせたかったのか。『死』が、わかってる状態ならば、『生』にしがみついていたくなると。
実際に私は生きることにしがみつき、死ぬことを恐れている。この世界で全て学んだのだ。
そして、それはきっと、誰かを『想う』ことも。私は、学ばなければならない。だから『呪い』や『伝説』に縛られたくなかった。
自分自身で『彼』を選んだと思いたかったのだ。
アリサさんの部屋で、彼女の気持ちを聞いた時に気が付いた。――あの『呪い』は『嫉妬』だ、と。
ルーカスは悪魔に『嫉妬』し、『呪い』をかけた。
ルーカスのかけた『呪い』が発動したあの時。
私は――彼女の彼を想う気持ちに『嫉妬』した。
私はきっと『呪い』や『伝説』関係なしに、
――もうどうしようもなく『彼』が好きなんだ。




