62. 攻略の対象
いいね! ありがとうございます☆
作戦会議終了後。
アリサは昨夜から宿泊していた、アステリア家の客室へと戻っていった。しばらくはここに滞在してもらうことになる。
ヴェガードはザニアとステラへの対応を考えると言って、二人で私室に行ってしまった。
サロンにはシアンとセイラだけが残される。不意にシアンがセイラに話を切り出した。
「彼女が言っていた『ゲーム』の内容を教えろ」
「え?」
「『ゲーム』とは、何だ?」
セイラは、戸惑った。何故、今さらそんなことを聞くのか、と。
「えっと……いろんな方と恋愛するゲーム?」
シアンは首を傾げ、怪訝な顔をした。
(セイラは以前、ここは『創作上の世界』だと言ってはいたが……それと同じ世界の話なのか?)
「その恋愛するゲームの攻略対象の一人が俺だったのだな?」
「そうだけど……」
セイラはシアンとヴェガードに『創作上の世界』とは言ったが、その世界の内容までは説明していなかった。ただステラが死ぬことだけに焦点がいっていた。彼女の死を回避したかったからだ。
『主人公が攻略対象を選ぶ』とは、聞いていたが『主人公と恋愛する』とは、言っていなかった。
『仲を深める』程度には、話していたが。
「それで。セイラは誰を攻略したんだ?」
「へ?」
「セイラもやったんだろう? そのゲームを」
「もちろん、やったけど……」
セイラはシアンが聞いていることの意味がわからずに首を傾げた。
「セイラは誰を選んだ?」
「一通りやったわよ?」
「はぁ?」
今度はシアンが首を傾げた。
「一通りって……エラトス殿下、ラサラス、メラク、兄上、アイン、ザニア、ヴェガードも……か?」
「そうよ?」
シアンは変わらない表情であるが驚いているように、目を丸くした。セイラは首を捻る。
「何故? そんなこと聞くのよ?」
「いや……誰でも良かったのか? セイラは」
「はぁ? だっていろんなタイプの人と恋愛をするゲームだもの」
シアンは頭に手を置いた。
「理解が出来ないのだが」
「まぁ……それもそうね。ゲームの中ではリセットすれば、また一から違う人と恋愛できるのだから。現実では、そんなこと絶対に出来ないわけだし」
セイラは腕を組み、うんうんと頷いた。シアンはそんなセイラをじっと見る。
「その中で一番だと思ったのは誰だ?」
「え?」
「誰との恋愛が一番良かった?」
セイラがシアンに視線を向けると、まっすぐ見つめていた。その瞳はどこか寂しげで自信がなさそうだった。
「私は――」
コンコンとノック音が聞こえるとすぐにサロンの扉が開く。
「忘れ物しちゃいました」
そう言って、アリサが入ってくる。
セイラは内心助かったとホッと胸を撫で下ろし、シアンは邪魔が入ったと眉間に皺を寄せた。
二人の微妙な空気に、アリサは気まずそうな顔をすると、足早にその場を立ち去ろうとした。それをセイラが止める。
「あ、アリサさん! 少しお話でもしません?」
セイラに腕を掴まれたアリサはすぐ近くから放たれる黒いオーラにビクリと身体を震わす。
「でっ、でも……わ、私もちょっと所用がありますので!!」
セイラの腕を振りほどき、サロンから出ていく。その後ろ姿にすがるように、セイラはシアンに背を向けた。
シアンはカツカツと足音を立てて、セイラの背後にピッタリ立つと、首を傾けてその耳元に囁く。
「教えてくれ。誰が一番良かった?」
「ひっ!」
セイラは耳を押えると真っ赤になりながら、距離をとった。
「うっ……ヴェガ兄さまです!!」
そう叫びながら、サロンを出ていった。その後ろ姿をシアンは大きくため息を吐きながら見送った。
◇◇◇◇
シアンから逃げたセイラはアリサの滞在する客室に来ていた。
「アリサさん。悪魔を召喚するとしたら、次の満月の夜よね?」
「そうね」
「明後日だわ」
「それまでにどうにかして、エリス王女に会わないと……でも、どうやったら王族にすぐに会えるのかが検討もつかないんですけど」
「それはヴェガ兄さまに任せていれば大丈夫だわ」
セイラがまるで自分のことのようにドヤ顔するとアリサは、ふふっと笑った。
「ねぇ。セイラさんって、誰推しでした?」
「え?」
「さっき、ちょっと聞こえちゃったんですけど」
「え……ええーっ! 聞こえてたの?」
アリサは唇に手を当て『はい』と笑うと、セイラの顔が青くなっていく。まさかここでも追及されるとは思ってもいなかったからだ。
「ちなみに私はシアンですよ?」
「……え?」
何故かセイラの胸の奧がどくりと鳴った。無意識に胸を抑える。
「彼のエンディングで見た、とびっきりの笑顔! あれはもう最高でしたよね!!」
どくり……と、胸の音が鳴る。
そうだった。ルーカスの笑顔を見た時は、違和感しかなかったが、ゲームの中のシアンの笑顔スチルは本当に凄かった。
確かに悪役令息で一番攻略が難しいキャラクターだっただけに、人気も一、二を争っていたと思う。
「セイラさんは身近にヴェガード様がいらっしゃるじゃないですか。ずっと気になっていたんですけどお兄様に恋愛感情とか持ってしまったりしなかったんですか?」
「え……」
胸の奧の苦しさが消える。少し前まではその心配もしていたというのに。
「あ……れ?」
戸惑うセイラの様子に、アリサは首を傾げた。
「セイラさん? どうかしました?」
ハッとしたセイラは慌てて首を振る。
「何でもないわ。そうね……兄さまは優しくて格好いいもの。あれで兄じゃなければ、間違いなく恋に落ちるわよね」
と、にっこり微笑んだ。アリサはイタズラな目を向けると口角を上げた。
「それで? 誰推しです?」
「そういうのは、いなかったの!」
「ええーっ」
「だから、はまってなかったって言ったじゃない」
「確かに」
アリサは口を尖らせると座っていたソファの背もたれに大きく体重をかけた。
「ここではシアンといい感じじゃないですか」
「は?」
ジロリとセイラは睨まれた。――何でそんなこと言われるのか? シアンは『呪い』にとらわれているだけなのだから。あれは本心ではないはず。
「どこがよ!」
「えぇ? 気付いてないんですか? めちゃくちゃ大事にされてるじゃないですか! 私、すっごく、妬きましたよ!」
「え?」
「だって。確かにあの時は、レイラ様の魂が入っていましたけど。それでも、前世の私の推しはシアンだったんです! 出来ることなら、リアルに推しと恋愛したかった。……私は一応、主人公だったし」
「あ……」
また胸の奧がどくりと鳴った。
(――え? おかしい)
これは……呪いの発動だ。ステラの身体の。
その場でしゃがみこみ、胸を抑える。その様子にアリサが慌てる。
「え? セイラさん!? 具合悪いんですか!?」
慌てて駆け寄り、背中を擦る。そして、光魔法をかける。アリサはハッとした。
「光魔法が……効かない?」
大抵の立ち眩みや具合の悪さなら、教会で光魔法を使って治してきた。
それが効かないというのは――
すると突然、バーンという音を立てて、アリサのいる客室の扉が勢いよく開く。
「セイラ!!」
飛び込んできたのはシアンだった。アリサを押し退け、セイラを抱き締める。
その場にいたアリサにもわかった。セイラの身体の奧にある黒い血液が浄化されていくのが。光魔法でも解けない、黒い血液。
「あれが――『呪い』?」
アリサが呟く。
「何があった?」
セイラが落ち着いたのを感じたシアンが地を這うような低い声を出す。そして、セイラからアリサへとゆっくり視線を移した。
「何があって、呪いが発動した?」
アリサは首を振った。
「わからないわ。話をしていて、突然、セイラさんが苦しみ始めて――」
「何の話をしていた?」
「え、えっと」
「だめ……」
「え?」
アリサが答えようとするとセイラがふらりと立ち上がった。
「だめ……言わないで」
少し苦しそうに胸を抑えたまま、まるでアリサに懇願するように細く声をあげる。アリサはセイラのその瞳を見つめると静かに目を伏せた。
「プレアデス様。セイラさんがそう仰っているので私からはこれ以上言えません」
シアンは悔しそうに顔を歪めた。そして、黙ってセイラの肩に手を回すと彼女を引き連れてその部屋を出ようとする。セイラがピタリと足を止めた。
「何だ?」
「追及するつもりでしょう? シアン」
「当たり前だ」
「それなら、一緒には行かない」
「何を……言っている?」
「――時間が欲しい」
ポツリと呟いた。シアンはゆっくりとセイラからその手を放す。
「わかった」
セイラに背を向けて歩き出すと静かに部屋を出ていった。セイラの頬に一筋の雫が落ちる。アリサはそっと側に近づき、その背中に手を置いた。
「わからないの……」
セイラが呟く。アリサは黙って背中を擦る。
「どうしたらいいのか……わからないの」
一筋の雫は、次から次へと止めどなく溢れた。




