60. 解除の方法
王都に向かう馬車の中。
外はいつの間にか茜色に染まっている。それまで静かだった馬車の中にセイラの声が響く。
「クロノスと何を話したの?」
帰り際、クロノスはシアンだけを呼び二人で話をした。セイラはその内容が気になっている。
「セイラに話せない話だから、クロノスはセイラに席を外させたのだろう? 今、俺からお前に話すことはない」
セイラは悔しそうに唇を噛み締めた。
「セイラ、お前も俺に話せていないことがあるだろう? セイラが呪いの解除方法を話してくれるなら話してもよいが?」
セイラはぷいと横を向き、『それなら話さなくていいわ』と言った。
――あの時。
『シアン、君に話がある』
クロノスはセイラを遠ざけた。
『ステラを救う方法はあるよ。アリサの光魔法だ。彼女には聖女として、光魔法を磨いていてもらったんだよ。ルーカスが浄化された後、クロノスの気配が消えることがなかった。だから、不思議に思っていたんだ。どうして、クロノスの気配が消えないのか。まさかステラの魂がエリス王女に入っているとは思わなかったけど』
セイラをチラリと見る。こちらが気になっているようだった。早く伝えることだけ伝えなければと、クロノスは、さらに言葉を早めた。
『ボクがこの木の管理者となったことで、セイラの魂についていることが出来なくなった。それにもうセイラはステラの記憶を受け入れて、すでにステラ自身なのだから、守護はアストライオスだけで充分だったんだ』
クロノスは『ここからが本題だよ』と、視線を合わせる。
『アリサの光魔法を使うことで、ステラの魂を浄化できる。そうすれば、今は封じられている大地の神クロノスの守護を受け、その上で、ステラの魂が、エリスの記憶を受け入れることができれば、エリスの身体は保たれると思う』
シアンは小さく頷いた。
『ただ……呪いは光魔法で解くことが出来ないんだ。あと、君の呪いはステラの魂では解けないよ。もしかしたら、もうわかっていると思うけど』
「ああ。それは、わかっている」
『必要なのは「愛する者の魂」だからね』
「ああ」
『もう一つ。呪いの解除方法は、ルーカスによって変えられたんだよ』
「は?」
『その方法はボクにもわからないからね』
チラチラとこちらを伺うセイラに視線をやると、緩く睨み付けた。その視線を受けたセイラは目を見開き、彷徨わせた。
都合が悪いことを感じ取ったのだろう。
『ボクはここを離れられないから……健闘を祈るよ、シアン』
クロノスは呪いの解除方法は『ルーカスによって変えられた』と言っていた。そもそも、呪いの解除は『出逢う』だけでよかったのだ。
『彼の魂と彼女の魂、そして、愛する者の魂が出逢った時、凍らせた心を溶かす』と。
それならばルーカスとレイラの魂はすでに出逢い浄化された。――残っているのは?
『愛する者の魂』と『凍らせた心』だ。
『凍らせた心』を持つ俺とその呪いがかけられている俺が『愛する者の魂』は……『セイラの魂』だ。
ただそれが方法なら、もうすでに呪いは解けているはず。やはり解除方法が変わっているのか。
セイラは絶対に話さない。
まだわかっていないこともある。ステラにかけられているルーカスの呪いだ。発動条件も解除方法もわかっていない。
この前、呪いの発動を感じた時。あの時の発動条件は何だったか?
セイラはエリス王女と一緒にいた。――彼女に言われた言葉か? 何を言われた?
あの時はまだエリス王女がステラだとわかっていなかったはず。
「セイラ」
窓の外をぼんやりと眺めているセイラを呼ぶと、視線を合わせた。
「ルーカスの呪いが発動した時、エリス王女に何を言われた?」
「え?」
「あの時はまだ、エリス王女にステラの魂が入っているとは知らなかっただろう?」
「え……ええ」
「何を言われたんだ?」
ハッとしたように顔を上げた。
「あの時……気が付いたのよ」
「え?」
「ステラの存在に」
「……ということはステラの存在が呪いの発動条件なのか?」
セイラは大きく顔を背けた。
「違うな……それならその後のガゼボでも発動しているはずだな」
セイラは俯いた。この期に及んで、まだ隠そうとするのか。
「いいのか? このままだとお前の魂は消えるかもしれないだろう? そんなに言えないことか?」
「え……?」
「セイラの魂が消えるとしても、言えないことなのか?」
セイラの瞳が揺れる。まっすぐに彼女を見た。
「俺の呪いの解除には、お前の魂が必要だろう?」
「え?」
「俺に必要なのは『セイラの魂』だろう?」
セイラの顔が強ばる。
「ルーカスが変えた解除方法は、何だ?」
「え……何で、それを知って――」
はっと目を見開くと、顔をしかめた。
「――クロノス……」
「ああ。お前を連れてきた神だからな」
セイラは額に手を当てると大きく肩を落とした。
「私たちには必要だったのよ」
「何が?」
「誰かを想うことが」
(一体、何が言いたい?)
「『伝説』とか『呪い』とか、それに関わらない『想い』が必要だったの。シアンが私に抱いている気持ちは『呪い』によるものだわ。『呪い』がなければ、私たちには、何の『想い』もない――」
「――違う」
「……え?」
思いの外、低い声が出た。セイラはビクリと肩を震わす。
「それは、違う。『呪い』がなくても、俺にはお前が必要だ。ただ……今の言い方だと、セイラには俺に対しての『想い』はないということか?」
目が合うとすぐに逸らし、俯く。
「……分からない」
静かに呟いた。
「シアンを助けたいとは思う。だけど『呪い』以外に『想い』があるかと言われると、それは……わからないの」
「そうか」
蹄の音だけが馬車の中に響いていた。外はすでに日が落ちて、真っ暗になっていた。




