57. 彼女の策略
◇◇◇◇
(――何で、こうなっているのかな?)
ヴェガ兄さまに呼ばれてサロンに行くとそこにはニコニコ微笑む兄とシアン、ザニア様がいた。
(――兄さまのこの微笑みは……怖いやつだ)
「ステラ。ここにかけて」
指定された場所は兄の隣でシアンの向かい。斜め前にはザニア様がいる。
「さて、ステラ。この状況は何を話すのか、勿論、分かっているよね?」
「……はい。兄さま」
「分かりにくいから、今からステラの事をセイラと呼ぶけど、構わないかな?」
「……構いません」
(間違いなく、エリス王女の事だろうな。兄さまは私から何を聞き出したいんだろう?)
「セイラが今、分かっていることを教えて?」
「ええっと……」
(どこからどこまで話すべきか。兄たちはどこまで知っているのだろう?)
「兄さま方は、何を御存知ですの?」
「ステラの魂がエリス王女に入っていることくらいかな?」
さらりと答える兄に不穏な空気を感じる。シアンもザニア様も黙って私を見ている。
「それで……何をお聞きになりたいの?」
「セイラが知っていること、全部だよ。僕たちは、このままの状況にしておけない。王女の中のステラだって、あのまま何もしないわけがないだろう?」
「……まぁ、確かに。仰る通りですわ」
「だから、聞きたいんだよ。これから、どう動くか考えるためにもね」
「……分かりましたわ」
私は決意した。
エリス王女の中のステラも、必ず救うことを。
「私が知っているのは――」
エリス王女が本来なら、二年前に亡くなっていたこと。そして、本来の物語ではすでに存在していなかったのを思い出したこと。ステラが本当は兄を大好きだったこと。主人公がヴェガードルートを選択した場合、ステラは大好きな兄の不治の病を治すために悪魔と契約して、処刑される予定だったこと。
そこまで一気に話すと『ちょっといいかな』と、顔を青くしたザニアが恐る恐る片手を上に伸ばし、話を中断させた。
「僕に……話していないことがない?」
「「「あっ」」」
ヴェガードは片手で頭を抱え、一言『すまない』と呟いた。
「実は……この世界は私がいた世界の創作上の物語に酷似しているのです」
「創作上の物語?」
「はい。書物の中の世界と言ったら、分かりやすいかもしれません」
ザニアは首を傾げた。その様子に、ヴェガードとシアンは納得するように頷く。
「信じられないよね。僕たちも未だに受け入れられていない」
「そうなの? 兄さま」
「当たり前だろう? 僕たちはこうして生きているのだから。すぐには受け入れられないよ」
「確かに……そうね。皆、この世界で生きているのよね。だから物語が変わっているのでしょうし」
「それで……ヴェガードルートとか、主人公というのは?」
「その物語の主人公が攻略対象とされている人物と仲を深めていくという物語で、主人公が誰を選ぶのかでエンディングが変わるのです」
「それで……ヴェガードはその一人ってこと?」
「ええ。他にもエラトス殿下、ラサラス、メラク、アトラス様、アイン。そしてシアンとザニア様」
「ええ? 僕も?」
「そうなのです。そして、その主人公がアリサさんだったのです」
「それで、あの時――」
「アリサさんは、隠しルートを選んだのです」
「隠しルート……」
セイラは大きく呼吸する。
「私はもう一度、あの木の所へ行かなければなりません」
三人はセイラに視線を集めた。
「私の身体には星空の神アストライオス様が守護を、そして、私――セイラの魂には時を司る神クロノスが守護を与えてくださっています。クロノスは今、あの木にいます。私は……彼に会う必要があるのです。エリス王女を――ステラを救うためにも」
「俺が一緒に行く」
今までずっと黙って聞いていたシアンが、初めて口を開く。彼はまっすぐにセイラを見ていた。
「私はステラの魂を救いたい。物語のようにあんな悲しい想いをさせたくない。ステラにも、ヴェガ兄さまにも」
「セイラ……君は――本当にステラじゃないんだね」
「え?」
「今までセイラにはそう言われていたけど、信じきれていなかったんだ。ステラが妄想しているだけだとか、初めての召喚の儀式で……混乱しているだけだとか、そう思おうとしていた」
ヴェガードは俯いた。そして、眉尻を下げると、セイラに向かって微笑む。
「君が本当に妹だったら……と、そう思っていた。ステラにとっては、酷い兄であっても」
「私はもう、ヴェガ兄さまの妹ですよ?」
「……え?」
「だって、本当の事を兄さまに打ち明けたあの日。私は兄さまに言ったではありませんか。……覚えておりませんの?」
ヴェガードは思い出す。セイラが言った言葉を。
『ただ、今までの記憶もあります。兄さまと一緒に育ったこと。一緒に遊んだこと。楽しかったこと、悲しかったこと、辛かったこと、嬉しかったことも……すべて』
そう、言っていた。
彼女はステラの記憶を受け入れたのだ。ステラの記憶ごと、ステラの身体を受け入れた。
だから、彼女はステラ自身なのだ。今度はステラがエリスの記憶を受け入れる必要がある。ステラの魂がエリスの記憶を受け入れることができれば――
セイラが考えていることが分かった気がする。
あとはステラにどうやって記憶を受け入れることを話すか、だ。あの様子ではほぼ間違いなく、拒むだろう。
「覚えているよ、セイラが言ったこと。――だから、クロノスに会いに行くんだね」
セイラはにっこりと笑い、頷いた。
「兄さまなら、気付いてくださると分かっておりましたわ」
「それならシアンだけではなく、僕も行くよ」
「いいえ。兄さまには、ザニア様と行っていただきたい所があります」
「「?」」
急に呼ばれたザニアとヴェガードはお互いに視線を合わせると瞬いた。
セイラは静かに口角を上げた。




