52. 悪役の王女
◇◇◇◇
王女エリスの覚醒により、ステラの婚約者候補にも影響が出ていた。
ヴェガードは頭を悩ませた。
筆頭としてはシアンだった。しかし、プレアデス家から釣書の取り下げをされた。もちろん、シアンのものだ。
ただ、これにより、思わぬところから声がかけられた。トゥレイス家である。ザニアの釣書が送られてきた。
先日の件で、ザニアにはトゥレイス家にも秘匿にしなければならない出来事を処理させてしまった。それに彼なら間違いなく、ステラの婚約者に相応しい。
屋敷に来てもらったザニアとサロンで話をする。
「先日はありがとう。本当に助かったよ」
「いや。礼には及ばないよ。僕もステラのことが心配だったからね」
にっこりと笑うザニアは心穏やかな青年だ。
本当に申し分ない。
王家の隠密の家系で他の公爵家とは距離を置いているが、学園では家柄関係なく学友となった。いつの間にか、親友とも呼べるほどに。
だから信頼もしているし、人柄も問題ない。その上、先日の件で、ステラの呪いについても理解している。秘密を知っているのはシアンだけだが。
そういう意味でもシアンの次にザニアが相応しいだろう。釣書は本人の意思だろうか?
「ザニア。確認したいことがあるのだが……」
「ああ。釣書の件だろう?」
「わかっていたのか?」
「もちろん。ヴェガはステラに関して、異常に気にするからな」
ザニアは、ふっと笑った。
「実は、メリッサがエラトス殿下の婚約者候補筆頭なんだ」
(なるほど。何となく読めた)
トゥレイス家と王家は他の公爵家にはない繋がりがある。ただトゥレイス家は、これ以上、王家との強固な繋がりを求めていない。むしろ、もう繋がりを持ってはいけないとさえ、感じているのだ。
だから、彼は諦めたのだ。彼女のことを。
それなのに、妹が王族になろうとしている。
彼としては複雑だろう。
それが許されるのなら、彼も彼女に求婚しようと思えば、出来るのだから。
「ごめんね。ヴェガの大切な妹に、こんな形で求婚してしまって」
「君のせいではないだろう?」
彼の事情を知っている。だからこそ、複雑な心境も理解出来る。
「ザニア」
俯く彼の肩に手を置く。
「君がステラを幸せにしてくれたらいいなと思っているよ」
「えっ?」
「君なら、間違いないからな。何といっても、僕の親友なんだし」
にっと笑って見せた。ザニアは驚いた顔をする。
「ヴェガ……それでいいのか?」
「もちろん、ステラを泣かせたら、ザニアでも容赦しないけどね」
「こっわ」
二人で笑い合う。
「何かあれば、いつでも相談に乗るよ。ステラは、まだ婚約を望んでいないみたいだし」
「そうなのか? ……シアンの事があるからか?」
「いや……ステラ自身はシアンを気にしている様子はないんだけど」
「例の件か?」
「ああ。未だに話してくれないんだ」
「そうか……」
ステラ自身にかけられている『呪い』については何もわかっていない。話してもくれない。
ヴェガードはそれにも頭を悩ませていた。
シアンがエリス王女の婚約者候補筆頭といわれるようになってからは、ますますステラの壁は固く、厚くなった。まるで殻に閉じ籠るように。
それは――
また見えない何かに怯えているように見えた。
◇◇◇◇
学園で授業以外、ずっと側に付きっきりの王女に苛立ちを隠せずにいた。
シアンは付きまとい、しきりに話しかける王女に日に日に冷たく対応していく。
ステラの様子も気になった。
エリス自身もステラを目の敵にするように、わざとステラの目の前でシアンに絡んだ。
「ねぇ、シアン。今日は、どちらで昼食を摂られますの? お天気がよろしいので中庭はいかが? 準備させますわ」
「結構です。お構いなく」
そう言い、転移魔法で姿を消す。転移先は人気のない、ガゼボ。
そこはステラが気に入っている場所だ。
やはりステラは一人で昼食を摂っていた。突如、姿を現したシアンに驚く。
「突然、現れないでもらえますか。驚きます」
「すまない」
「まぁ……いいですわよ。貴方も大変そうだから」
「わかっているなら、助けてくれ」
「え?」
「ステラ。俺にはお前しかいないだろう?」
「何を言っているの?」
「俺を救えるのは、お前だけだ。ステラ」
シアンはステラを抱き締めた。ステラはシアンの胸を押す。
「シアン。それは違うわ。貴方は勘違いしてる」
「どういうことだ?」
「貴方に必要なのは私ではないってことですわ」
「は?」
ステラは、はぁとため息を吐く。
「レイラの呪いとルーカスの呪いには相互性はないのですわ」
「え?」
「確かにレイラの呪いによってルーカスの魂を受け入れた私の身体には、貴方の呪いの浄化機能があるのかもしれません。けれど私の中にある魂はセイラの魂なのです」
「要するにステラの身体とステラの魂が揃っていなければ、呪いの浄化は出来ても、根本的に解除することは不可能、ということか」
「ええ。その通りです」
シアンが腕を組み、考え込む。
「では、何故『星花』の力が遣えなかった?」
「……え?」
「もし、本当にそれが不可能だとして、それならば何故、あの時点で呪いを解除出来なかった?」
「そ、それは……」
「お前はルーカスに『幸せの在るべき所にある』と言った。呪いが永遠に解除されない事が幸せな事だとは思えないが。ステラ。お前はどう思う?」
痛いところをつかれたような顔をする。
シアンは片方の口角を上げて、ステラの顔を覗き込んだ。ステラは視線を逸らす。
「呪いの解除方法を知っているな?」
ステラは俯き、身体を震わす。その様子にシアンは不敵に笑い、彼女の肩に手を回す。
「解除方法を教えろ」
ステラの耳元で囁くと『ひっ』と肩を上げた。
「そちらで何をしていらっしゃるの?」
二人はその声の方に振り返る。
そこには二人に冷たい視線を向けるエリス王女の姿があった。
ステラは慌てて、シアンと距離をとろうとする。しかし、シアンの力は強く、それは叶わなかった。シアンはその体勢のまま、口を開く。
「逢い引きと言ったら、婚約者候補筆頭から外していただけますでしょうか?」
ステラも、エリスも、目を見開く。
「元々俺はステラに求婚していたので。彼女以外に気持ちが傾くことはありません」
「何で……何でなのよ?」
エリスはシアンを睨み付ける。
「貴方はっ! ステラのことなんて、何とも思っていなかったじゃない! 仲良くなんてしていなかった!」
「ええ。昔は、そうでしたね」
「それなら、何故! 今は、そこまでステラに拘るのよ?!」
「ステラのことを愛しているからですよ」
「「は?」」
シアンの告白にエリスはもちろん、ステラまでもが唖然とした。
「何を……言っているの? シアン?」
ステラが信じられないものを見るようにシアンを見上げる。
シアンはそんなステラに優しい瞳を向ける。その顔は微笑んでいるようにも見えた。
ステラは目を見張る。
「はっ! あり得ない!」
エリスはギロリとシアンを見る。その目には憎しみが籠っていた。
「貴方は一度だって私のことをそんな目で見たことはなかった!」




