51. 王女の婚約
その日、シアンは王城に来ていた。
先日、エリス王女が回復し、学園に登園してからプレアデス家ではアステリア家に対する兄弟二人の釣書を取り下げる動きを始めた。
プレアデス家の当主シェアト・プレアデスは自身の執務室に息子達を集める。
「知っての通り、我がプレアデス家からも、エリス王女殿下に求婚させていただくこととなった。主にシアンとアインだが」
二人は黙って、様子を見る。父シェアトは真顔で一息吐いた。
「先日、アステリア家のステラ嬢に釣書を送った。お前達三人の」
「はぁ?! 親父、勝手に何してんだよ」
「アイン!」
父親に向かって悪態をつく三男を長男が戒める。
「じゃあさ、兄貴は勝手にステラに求婚させられてよかったっていうのかよ?」
「それは……仕方がないことだろう? 家同士の問題でもあるのだから」
「物分りがいいね、嫡男さんは」
「お前。その言い方、止めろよ」
兄の目が見る間に凍てついていき、アインは少し怯む。シアンはそれを冷めた目で見ていた。
釣書を送っていたことも、それを勝手にやっていたことも特に思うところがなかったシアンは『話はそれだけですか?』と席を立とうとした。
父シェアトはシアンを呼び止めた。
「シアン、お前の釣書を取り下げ、エリス王女殿下に求婚させようと思っている」
シアンはピタリと足を止めた。そして振り返り、父の顔を見る。
「俺は直接、ステラに求婚しました」
その場の空気が一瞬にして止まる。
「父上なら俺とステラの関係を御存知なのでは?」
その言葉に兄弟二人が驚愕する。父は、ひゅっと息を吸った。
(やはり、知っていて隠していたのか)
シアンは確信した。
プレアデス家は『呪い』の存在を知っていた。そして、『呪い』がシアンにかかっていたことも。
やはり自分は『呪われた子』として、記録をつけさせられていたのだ、と。
兄弟二人は、別の意味で驚愕していた。
それを見ると、兄弟は『呪い』の存在を知らないのだろう。――多分、レイラの事も。
「プレアデス家としてどちらを選択するのかは父上の判断になると思いますが。ただ、どちらにしても俺とステラの関係を断ち切ることは出来ませんよ」
シアンは執務室を後にした。
その後、シアンの私室に兄アトラス、弟アインが順番に訪ねて来るなど、思いもしなかった。
内容は、ほぼ全て同じ。
いつからステラと、そういう関係だったのか? ヴェガードは知っているのか? そして、それを彼が許しているのか?
あの溺愛ぶりだ。
確かに彼の許可を得ていなければ、プレアデス家はいとも簡単に滅ぼされるだろう。
俺が『知っているし、許可も得ている』というとさらに驚いていた。
あのヴェガードが簡単に許すはずがない。王族が元婚約者だったのだ。次の婚約者の選定は、基準が上がるに決まっている。
兄アトラスは『まぁ……確かにシアンなら家柄も、能力も問題ないだろうからな』と言うと、納得し出ていった。アインはステラに悪態をついていたこともあり、不満そうにしていた。
――後は、あの父がどう出るか。
そして、今、王城にいる。
それはすなわち、ステラへの釣書を取り下げて、エリス王女に婚約を申し入れたということになる。
シアンは胸の奥から黒い血液が、どくり、と湧き上がるのを感じていた。
◇◇◇◇
「シアン。来てくださって嬉しいわ」
可愛らしい声を上げる王女エリスに、無表情で頭を下げる。エリスはそんなシアンの腕を取り、その部屋のソファに座るよう促す。
腕を取ったまま、ソファに横並びに座る。
シアンはさりげなく腕を払うと、エリスを見ることなく、口を開く。
「家の都合で求婚いたしましたが婚約するつもりはありませんので、御承知おきください。本日はそれをお伝えしに参りました」
それだけ伝えると、立ち上がる。隣に座っていたエリスが手を引いた。
「お待ちになって?」
そして、もう一度、座るよう促した。
「そんなに早々にお決めにならなくても良いのではなくて? 私、シアンのことを他の誰よりも気に入っておりますのよ?」
その言葉に眉をしかめた。それは婚約者候補筆頭を表すのか。
――面倒な事になった。
シアンは心の中で外に出せないため息を吐いた。
「シアンがそう言うのはステラさんのことがあるからなのでしょう?」
チラリと視線をエリスに向ける。エリスは視線が合ったことを喜ぶように微笑んだ。
「ステラさんはエラトスお兄様の元婚約者でいらしたでしょう? だから私、幼い頃より側で御二人を見ていたのですけれど……」
二人の婚約発表は13歳の頃だった。当時、エリス王女は11歳だ。
「御二人は、とてもお似合いでしたわ」
まるで花が咲いたかのように微笑む。
「それと――」
微笑むのを止め、ジッとシアンを見つめる。
「ステラさんとシアンが、仲良くしていたところを見たことがなかったのですけれど? ……いつの間に、そんなに仲良くなったのかしら?」
頬に手を当て、首を傾げる。
「学園に入ってからです」
「そうなの? では私が倒れてから、仲良くなられたの?」
「いいえ。正確には三年になってから、話すようになりました。エラトス殿下との御婚約を解消されてからですね」
婚約者がいる相手に、何か想いを抱いていたなどと在らぬ勘繰りをされたら堪らない。しかも、相手は王族だ。言っていることは事実なのだから、問題はない。誤解を招くより、事実を先に話した方が良いに決まっている。
「そう。わかったわ」
エリスはまた微笑むと、口元で手を合わせる。
「それなら、ステラさん、エラトスお兄様と再婚約していただけるかしら?」
「は?」
思わず王族に対して不敬とも取れる返事をしてしまった。エリスはそんなことを気にも留めず、話を続ける。
「だって。本当にお似合いでしたもの。お兄様も、婚約が解消されて、落ち込んでいたようなの。私もステラさんがお義姉様になってくれたら、と楽しみにしておりましたのよ? 目を覚まして、解消したことを知って……本当に悲しかったわ」
目を伏せて、悲しげな顔をした。
その顔は通常の男性であれば、庇護欲をくすぐるものだろう。その潤んだ瞳に見つめられたら、思わず、抱き締めてしまうかもしれない。
――その相手が、シアンでなければ。
シアンはエリスと視線を合わせるが無表情で淡々と応えた。
「それは、あり得ません」
その対応にエリスは少し顔を歪めた。その一瞬の歪みをシアンは見逃さなかった。追い討ちをかけるように話す。
「エラトス殿下にはお話ししてあります」
エリスは驚いたように目を見開いた。
「殿下は、確かに私がステラに婚約申込みをしたという証人です。王家への申込みが形だけのものということは、殿下も御存知なのではないでしょうか」
エリスの眉間に皺が寄り、その美しい顔が歪む。
「それなら、仕方がないわね」
エリスは静かに立ち上がり、そして、シアンを見下ろして、言い放った。
「私がステラさんと直接、お話ししますわ」
シアンに向かって、にっこりと笑う。
「私とシアンが正式に婚約しましたって」
それは背筋が凍るような微笑みだった。




