47. 呪いの存在
元通りの日々が始まる。
アリサの存在は時を司る神クロノスが存在自体を消してしまった。
彼女を知るのは王家と四大公爵家のみとなった。
あの伝説も、こうして秘匿されてきたのだろう。
ただシアンには気に掛かっていることがあった。未だに自分にかけられた呪いが解けていないこと。そして、ステラにかけられているであろう呪いも、解かれていないことだ。
すべてが解決すれば解かれるはずの呪いが解けていない。
これは一体、どういうことなのか。
最後にルーカスにステラが言った、あの言葉。
『それは幸せの在るべき所にある』
呪いがあることが幸せということなのか?
呪いをかけた本人であるルーカスが納得していたのをみると、悪い方に向かっているわけではないということはわかる。
それに自分自身、この呪いがあるからといって不自由を感じていないし、そのままでも何の不都合もない。
ただステラに関することがあるたびに、その呪いの浄化にステラ本人が必要になるだけだ。そういう意味ではステラには不都合があるだろうが。
――ステラは、どうなのだろうか?
ヴェガードにしても、あれで諦めるような男ではないだろう。どうやってでもステラにかけられた呪いを解く方法を考えるはずだ。
一体、どんな呪いをかけられたのか。
そして、自分の呪いのように苦しみや痛みを伴うのだろうか?
もしそうなら、その呪いの苦しみを浄化する方法はあるのか? そして、その方法をステラはすでに知っているのか?
そんなことを考えていると、不意にステラに声を掛けられた。学園で話し掛けてくるのは珍しい。
「シアン。少しよろしいかしら?」
「ああ」
中庭まで移動する。
先日とまた違った花が咲き、青々とした印象から橙や黄色といった柔らかい色が庭園の雰囲気を変えている。芳しい香りの中、ステラが控えめな声を出した。
「ヴェガ兄さまからの伝言ですわ。学園からの帰りにアステリア家に立ち寄っていただきたいと」
「構わない」
「確かにお伝えしましたわよ?」
「わかった。それだけか?」
「ええ。それだけですわ」
ステラがくるりと向きを変え、スカートを翻す。校舎へ戻って行こうとするとシアンが呼び止めた。
「ステラ」
「何ですの?」
ステラは足を止め、振り返る。
「悪魔が消え、処刑ルートは無くなった」
ステラはシアンの目をじっと見つめた。その瞳はこれ以上、何か発することを拒否しているようにも取れる。
「これから、どうするつもりだ?」
見つめていた視線を下に向ける。その質問が来ることを予知していたように唇を横に結んだ。
「呪いは、どうする?」
落としていた視線を上げ、またシアンの目を見つめた。どこか苦しそうにも思えた。
「俺は『呪い』が解けない限り、お前の側を離れられないぞ。――お前は……それでいいのか?」
ステラが視線を彷徨わせた。
「それは……」
続けられた言葉が予想とは違っていたのか、言い淀むと眉間に皺を寄せ、俯いた。
しかし、すぐ何か決意したように顔を上げる。
「それは、こちらの台詞ですわ」
「……は? どういうことだ?」
「呪いのせいで私が必要なのでしたら、その呪いが無くなったら、どうするのです?」
言われたことの意味が理解出来ず、首を傾げる。
「それよりも。私である必要はないのでは?」
「え?」
そう言い残し、ステラはシアンに背中を向けて歩き出した。
――どういうことだ?
俺にはレイラの呪いがかけられていて、ステラにはルーカスの呪いがかけられているはず。
そうだとしたら、呪いに相互性があるはずだ。
だから俺の呪いが解ければ、ステラの呪いも解けるし、逆にステラの呪いが解ければ、俺の呪いも解けるものだと思っていた。
しかし、ステラの言い方だと、俺にかかっている呪いとステラの呪いは相互性が無いということなのだろうか。
――全く、理解出来ない。
ヴェガードは恐らくこの事について、話したいのだろう。
ステラが何を知っていて、何を隠しているのか? それをヴェガードは知ることが出来たのか?
いずれにしてもヴェガードと会えばわかるはず。
この日ほど放課後が来るのを待ち遠しく思った事はないだろう。
◇◇◇◇
放課後。
ステラは先にアステリア家の馬車で帰っていく。俺は後からプレアデス家の馬車で追い掛けた。
屋敷に着くと、従僕に通されたのはヴェガードの私室だった。おおかた検討がついた。
これはステラには知られてはいけない話だ、と。
「シアン。呼び立ててすまない」
すでに何度かしたことのあるやりとりをする。
慣れたように席に着くと、いつものように侍女たちに茶の用意だけさせ、退室させた。
「さて、ステラの未来が変わったと思うのだけど。そうなるとステラの未来に必要なものが出てきたよね? まぁ……シアンにはわかると思うけど」
ヴェガードの言葉を理解する。恐らく、婚約者の選定だろう。
確かに死に怯える事がなくなり、婚約を考えない理由が無くなったのだ。
「この前、聞いていたけど確かにメラクからも釣書が来ていたよ。直接、申込みに来たいとも」
ヴェガードは、にっこり笑いかけた。
「そして、プレアデス家からも」
思わず眉をひそめた。
何故なら、自分の与り知らぬことだったからだ。
確かにステラ本人には口頭で言っていたが正式な釣書は送っていない。
――となると、釣書を送ったのは誰か?
「君達、兄弟三人の釣書が送られてきたんだよね。これは、どういうこと?」
「知らない」
「へぇ。そうなの?」
「……だが、ステラに直接、求婚はした」
ヴェガードは深緑の瞳を大きく見開いた。
「ふぅん。そうだったのか。ステラは何も言っていなかったけど」
「ステラが消息不明になる前だったからな」
「では、この釣書はプレアデス公爵閣下が送ったのかな? 三人の誰かをステラが気に入れば、と?」
「さぁな。父上の考えはわからない」
「プレアデス家は、シアンの『呪い』を隠していたんだよ? 君はどう考えているの?」
確かに。プレアデス家は自分にも『呪い』のことを隠していた。それだけではなく、自分自身で記録までさせていたのだ。
でも。だからと言って、どうということもない。自分には何も思うところはなかった。
「特に何も」
そう答えると、ヴェガードは大きく息を吐いた。
「……だろうね。シアンが『呪い』を気にしていない時点で、気がついてはいたけど」
ヴェガードは続けた。
「――ただ。ステラの『呪い』は別だ」
ワントーン低くなったその声に視線を合わせる。
「それは、俺も同意する」
「そうだと思っていたよ」
片方の口角を上げたヴェガードは真っ直ぐに俺を見ていた。
「今日、ステラと話したが、あの感じから察するにステラにかけられた呪いと俺の呪いには、相互性が無いのかもしれない。何か知っているか?」
ヴェガードは整った顔の眉間に皺を寄せた。
「何だって? 相互性が無い?」
「ステラから何も聞き出せていないのか?」
「ああ……そうだね。あの調子だ。難しいんだよ」
ヴェガードは『はぁ』と天を仰ぐ。
「婚約者を決めるのに、ステラにも話をしなければならないから、その時に探りを入れてみる」
「俺も出来る限りのことはしよう」
「頼んだよ、シアン」
「ああ」
ステラは一体、何を考えているのか。近づいたと思っていた距離がまた遠くなった。そう感じて、胸の奥に渦巻く黒い血液をシアンは意識しないようにしていた。




