44. 黄昏時の丘
夕暮れ時。
その丘は緑から赤へと、ゆっくり変わっていく。
そこに佇む、大きな木。その幹に寄りかかる二つの影。その国を見渡せる丘で、二人は黙ったまま、ポツリと灯りの灯っていく街並みを眺めていた。
「ステラ」
一つの影がその声に反応する。
「シアン?」
近づいてくる影が声を返す。たった二日だったというのに、まるで何年も会っていなかったかのように感じる。
シアンは弾かれたように駆け出すと、彼女をぎゅうと抱き締めた。
「無事か?」
「無事よ……っていうか、苦しいわ」
「……」
シアンは黙ったままステラを抱き締め続ける。
「また……苦しいの?」
「……ああ。ステラがいないと駄目だ」
ステラはシアンの背中を優しく擦る。
「聞いたわ。呪いのせいね」
シアンはステラの肩に乗せていた頭を上げた。
「知っていたの? 呪いのこと」
「……ああ」
シアンは今、目の前にあるエメラルドのような瞳を見つめた。ステラもまっすぐに見つめ返した。
その時、木に佇むもう一つの影が動いた。
『――レイラ?』
その声に反応して、ステラはシアンの向こう側を見る。そして、目を見開いた。
「アリサさん? 何で……」
「彼女にレイラの魂が入り込んでいたんだ」
『「……え?」』
その影とステラは同時に呟いた。影が姿を現すとシアンは驚愕した。
そこには――自分がいた。
正確には、自分に似た誰かが。
『君がシアンだね』
その影はシアンに近づくと微笑んだ。
『僕はルーカス。ルーカス・アステリア』
ステラの横に並ぶと彼女の頭にポンと手を乗せ、『ステラの先祖だよ』と、そういって微笑んだ。
『ルーカス』
アリサが近づいてくる。ステラは驚いて、シアンを見上げる。シアンは小さく頷いた。
『やっと会えたね。待っていたよ、レイラ』
ルーカスはそっとアリサの手を引く。すると彼女の中からレイラが現れる。アリサの身体が倒れかかり、それをベリアルが支えた。
悪魔の姿を見つけるとルーカスは眉をひそめた。そして、レイラに視線を移す。
『レイラ……また悪魔と?』
『うーん。私が、というより……アリサが?』
ルーカスは目を細める。ステラの姿と似たレイラが困ったように頬に手を当てた。
『また悪魔と口づけしたの?』
ルーカスが、むすっとした顔で言った。
『あっ、アリサが……ね?』
レイラが慌てたように言う。ルーカスは悪魔ベリアルを睨み付ける。
ベリアルは知らぬ顔をし、視線を逸らす。
『でも君の魂が入っていたんだよね?』
『うっ。浄化される前のね……悪魔女だった私が』
『それで?』
『ベリアルが浄化してくれたのよ……私の魂を』
『ふーん』
ステラはそんな二人のやり取りを見て、ふふっと笑った。
『……何? ステラ』
「いえ。何だかヴェガ兄さまを見ているようで……やっぱりアステリア家のご先祖様なんだなって、思っただけですわ」
「……何? ステラ、僕を呼んだ?」
「……え?」
声がした方を見ると、たった今、馬を降りたばかりの、少し息を切らしたヴェガードが佇んでいた。
ステラは走り出す。そして、そのままヴェガードに飛び付いた。ヴェガードは笑顔で受け止める。
「兄さま!!」
「ステラ!!」
ヴェガードはぎゅっと抱き締めて、ステラの頭を撫でる。
「心配したよ? 無事で良かった」
「ごめんなさい。兄さま」
ステラは涙を溢した。ヴェガードは愛おしそうにその涙を拭う。
「永遠のように長かったよ……ステラ、お願いだから、もう二度と黙って消えたりしないで」
「わかったわ。兄さま」
兄妹が抱き締め合っていると徐々に馬の蹄の音が近づいてくる。
「ヴェガ!!」
「……ザニア!」
目の前で停まる。馬から降りたザニアがゆっくり近づいてくる。
「ステラ。無事か? 会えて良かったよ」
「ザニア様。ありがとうございます」
「ザニア、ありがとう。それより……君はどうしてここが?」
「ああ、それは――」
ザニアが説明するよりも前にレイラが口を開く。
『……レア? レアがいるの?』
ザニアの守護神、大地の女神レアは元々レイラの守護神だった。レイラが悪魔と契約したことで守護が切れ、ザニアの守護神となったのだ。
『久しぶりね、レイラ』
『レア……ごめんなさい。貴女には謝らなければならないわ』
『いいのよ。私も貴女と……彼に負担を掛けた。私とクロノスのせいで……ごめんなさい』
レイラは首を振った。ルーカスが歩み寄る。
『レア、久しぶりだな』
『クロノス。久しぶりね。やっと会えたわ』
ルーカスから大地の神クロノスが現れる。
『これで、揃ったな』
時を司る神クロノスが呟いた。
『ボクが導くよ』
そう言うと、ふわりと浮かび上がった。
いつの間にか日は落ち、辺りは暗くなっていた。空には見事な星空が広がり、光輝いていた。




