37. 悪魔の契約
ステラの行方が分からなくなって、二日。
学園のクラスで声をかけてきたアリサと、中庭に出てきたシアンは周囲に遮断魔法をかける。
いつも無視をされ続けていたアリサは、ようやくシアンにも魅了魔法が効いてきたのだと嬉しそうに顔をほころばせていた。
「ステラは、どこだ」
「知らないわ」
「本当に知らないのか?」
アリサの微笑んでいた顔が歪む。
「知っていたとしても、絶対に教えない」
「何故?」
「あの子はどちらにしても処刑されるのよ! 助からないの。あなたが何をしたとしても。それがこの物語なのよ!」
「君が何を言っているのか理解出来ない」
「私があなたを選んだの! シアン、あなたは私を好きになるはずなのよ!」
「ベルクルックス男爵令嬢。君にその呼び方を許可した覚えはないのだが。そして、俺は君に対して、そのような感情は一切、抱いていない。……とても不快だ」
彼女の馴れ馴れしさにはずっと前から、かなりの腹立たしさを感じており、気が付けば、眉間に皺を寄せていた。
(それに……処刑とは一体、何のことだ? そういえば、この前、ステラと彼女が中庭で話していた時も確かに『処刑エンド』という言葉を聞いていた。ステラが処刑されると言っているのか? ――ふざけるな)
「なっ、何で? ちょっと……ベリアル!! 出てきて! 何でこうなってるのよ! 貴方、あの子と契約したのよね?!」
『――呼んだか?』
「呼んだわよ! 貴方、ステラ・アステリアと契約したのよね?!」
『ああ、したさ』
「じゃあ、何でこうなってるのよ!」
『お前との契約と、この状態は関係ないだろう?』
「はぁ? 私は貴方と契約してないわ」
悪魔ベリアルは不思議そうに首を傾げた。
『いや、したぞ』
悪魔ベリアルは美しい顔でニヤリと笑う。
『お前の望みが叶った時には、お前の魂を私に捧げても構わないと――』
「は?」
『――お前はそう言って、私と口づけしたな?』
「キスはしたわ。でも契約はしてないし、魂を捧げるなんて言ってない!」
『ふっははははは!』
「なっ、何よ!?」
『くくっ! ……お前、悪魔との契約の意味、本当にわかっているか?』
「……え?」
「悪魔が身体の一部に口づけをすると契約完了」
事の成り行きを黙って見ていたシアンが、徐ろに口を開くと、それを聞いたアリサの顔からみるみる血の気が引いていく。
「そんな……まさか。……だって、悪魔との契約は血の契約書でしょ?」
『まぁ正式なものはな。それも古の方法だ。面倒だからな。あまり使わない』
「……でも、魂を捧げるなんて言ってないわ」
『確かに言ったぞ。魂を込めたキスをあげる、と』
アリサの顔が更に青くなる。シアンは『はぁ』と息を吐くと、
「まさか、悪魔と契約していたなんて」
そう呟き、悪魔ベリアルに冷たい視線を送る。
(――なるほど。それで『処刑』か)
ベリアルは静かにシアンの視線を受け止めた。
『ほぅ。お前は――なかなか面白いな。何か願いはないのか?』
「お前に願う願いなど、ない」
『ハハッ! そうか』
「ステラは何を契約した?」
愉快そうに目を細めていた悪魔ベリアルはチラリとシアンに視線を戻す。そして、不敵な笑みを浮かべた。
『契約内容は言えん』
「だろうな」
『ふっ。わかっていて聞いたのか』
「ああ」
『侮れぬ小僧だな。表情も心も読めん』
「あっはははは!」
突然、アリサが笑い出す。二人の男が、そちらに視線をやると彼女は恍惚な笑みを浮かべた。
「ステラはね、王子との恋の成就を願ったのよ!」
勝ち誇ったように言い放った。
「エラトス王子との恋が成就しなければ、あの子は処刑エンドなの!」
二人の男は黙って彼女の話を聞き続ける。
「私が誰と恋に落ちても、あの子は処刑。それなら元々なかったルートに進むしか、助かる方法はないの。だから私が王子とあの子を応援してあげることにしたのよ! あの子が王子と結ばれれば、処刑も免れるでしょ?」
冷たい視線を向けられているのにも気が付かず、得意げに話し続ける。
「あの子はシアンルートにいきそうだった。絶対、シアンルートにはいかせない。シアンは、私のものなの! そもそもシアンルートにあの子は関わっていなかった。だからって、あの子がシアンを選んで処刑を回避したら、私もシアン……あなたもバッドエンドよ?」
「本当に君が何を言っているのか、理解出来ない。いや、理解したくもない。何度も言うが、君にその呼び名で呼ばれたくない」
「あなたの『氷の仮面』を外せるのは、私しかいないのよ?」
「……は?」
「あなたの凍った心を溶かせるのは私だけなのよ。わかる?」
当たり前のように言うアリサに、シアンは憐れみの目を向けた。それに気付いたアリサは怒り出す。
「何なの? 何で? シアンは、ステラばかり! 私がこの物語の主人公なのに!」
そう言い放つと一度、俯き、すぐに顔を上げた。その顔には狂気を含む微笑みが張り付いていた。
「いいわ、教えてあげる。可哀想だけど。あの子は魔女となって処刑されるのよ。あの子が悪魔と契約したから。そもそも私は契約なんてしてない。『命令を聞いてくれたら、口づけをあげる』と言っただけよ! だから、あれはあの子自身の契約よ! 私は助かるの。だって、私はこの物語の主人公なんだから!」
勝ち誇ったように言うとその言葉に悪魔ベリアルが反応した。
『それは、違うな』
「はぁ?」
アリサは悪態を吐き、ベリアルを睨み付ける。
『お前が私を此処に呼び出した。そして、あの娘と契約しろと言ったのはお前だろう? それが、私とお前の契約だった。だから、あの娘の契約はお前の契約なんだよ』
「え?」
『あの娘と私の間には、直接的な契約はない。私と直接、契約しているのは――お前だ、アリサ』
「そっ、そんな……」
アリサはその場にへたり込んだ。
『そうだな、それと――』
悪魔はアリサに向けていた視線をシアンに移し、ニヤリと笑うと、
『あの娘の願いは、そんな内容ではなかったぞ』
「「え?」」
悪魔に視線が集中する。
「なっ、何を願ったのよ!」
『教えん』
「――ベリアル。彼女には教えられるだろう?」
ベリアルはチッと軽く舌打ちし、シアンを一睨みすると、ふぅと息を吐く。
『やはり、お前はいけ好かん』
「悪魔に好かれたくもない」
一人、状況が飲み込めないアリサが不機嫌そうに二人を睨む。
「どういうことよ?」
「ベリアルの契約者は君だろう?」
「え?」
「まだわからないのか? ステラの契約は君の契約なのだろう? ならば、君は契約内容を聞くことが出来る。そして、ベリアルは『教えない』と言っただけで『教えられない』と言っていない。君が命令すれば、聞くことが出来る」
アリサはシアンの説明を理解し、微笑むと、悪魔ベリアルに命令した。
「教えなさい! これは命令よ!」
悪魔ベリアルは眉間に皺を寄せ、その美しい顔を歪ませる。そして、ステラとの契約内容を口にしかけた――その時、ぶわりと風が吹き抜けた。
『ボクの契約者に近づくなんて……どういうつもりかな? ボクにも説明してくれる? ベリアル』
そこには、一人の青年が浮かび上がっていた。




