36. 彼女の消失
◇◇◇◇
溺死、焼死、絞殺……
ずっと引っ掛かっていた。何かが、引っ掛かる。この死に方。共通項は――何だ?
(――処刑か?)
ステラに限って処刑されるようなことをするわけがない。でも誰かに嵌められたとしたら? やってもいない罪で裁かれ、処刑されるのだとしたら?
しかし、この国の処刑は絞首刑のみ。――いや。例外がある。
溺死刑、火刑、絞首刑。
これに当てはまるのは――『魔女』だ。
(――まさか……)
頭の中に『悪魔女レイラ』が思い浮かぶ。
(……嘘だろう? 嫌だ。……何故だ?)
こんな形で繋がって欲しくなかった。
(契約するというのか? ステラが『悪魔』と? 一体、何のために?)
ヴェガードはステラが言っていた死因が、ずっと気になっていた。『悪魔女レイラ』の噺が出てから、その懸念は増すばかりだった。
(――嫌な予感がする)
夜空には、見事な満月が輝いていた。
そんな美しい満月に黒い雲がかかる。
ヴェガードは自分の嫌な予感が当たってしまったことを、翌朝になって知るのである。
◇◇◇◇
――ステラが姿を消した。
その知らせは、あまりにも突然だった。
その日、学園に来なかったステラを心配し、俺は帰りにアステリア家に寄ろうと思っていた。
しかし、それよりも前に学園の門前でヴェガードが顔を真っ青にし、俺を待っていた。
ヴェガードは挨拶すらままならず、アステリア家の馬車に俺を乗せると、素早く馬車全体に音声遮断魔法を掛け、堰を切ったように話し始めた。
ステラがいなくなった、と。
何の前触れもなく。何の相談もなく。何の痕跡もなく。
自主的なのか拉致なのかも、わからないという。
昨夜、『おやすみ』と挨拶を交わし、部屋に戻ってから朝まで会っていない。朝一番に侍女達が彼女のベッドに主がいないことに気がついた、と。
報告を受け、すぐにヴェガードはステラの部屋に飛び込み、彼女の痕跡を探したが、ベッドに温かさはなく、綺麗に整えられたままだった。
日用品や服などの持ち出しがないかも確認したがその形跡は無かった。窓も内側から鍵が掛けられたまま。屋敷の門の守衛も変わったことは無かったという。
もちろん、屋敷全体に掛けられた広域守護魔法も解かれた形跡は見当たらなかった。
だから、ヴェガードは焦っていたのだ。
ステラだけが忽然と、そこからその存在を消してしまったようにしか見えなかったのだから。
あんなヴェガードを見たのは初めてだった。
ヴェガードはステラの秘密を共有している俺にしかこの話を出来なかったと言った。
もしかしたらステラの身体ごとセイラが元の世界に戻ってしまったのではないか。もしくは、どこかに転送されてしまったか。または『神話』によって神の元にいってしまったのではないか。
ヴェガードは自身の頭を震える手で押さえ、考え得ることを次から次へと捲し立てる。
俺はヴェガードの肩にポンと手を置いた。ハッと顔を上げたヴェガードと、今日、初めての視線を交わす。
正気を取り戻した彼が小さく『すまない』と呟き息を吐いた。
「ステラのことになると……僕は駄目だね」
ヴェガードは小さく笑った。
「いいんじゃないか?」
「……え?」
「愛する妹だろう。心配して、何が悪い?」
「……っ」
ヴェガードは右手で自身の目を覆い肩を揺らす。規則的な蹄の音だけが聞こえていた。
〜・〜・〜
アステリア家に着くとサロンに通された。用意が終わると侍女を下げて、二人になる。
ヴェガードは音声遮断魔法を掛けた。
「一応、ね」
弱々しく笑うと、すぐに笑顔を消した。
「ステラの秘密に関することでシアンにまだ話していなかったことがあるんだ」
「え?」
「セイラの世界の物語のことだ」
ヴェガードの話はセイラのいた世界の物語の内容についてだった。今いるこの世界が、セイラのいた世界の『創作上の世界』で俺たちがその物語の『登場人物』だということ、そして、その結末が何通りもあり、どの結末であってもステラが死ぬ、ということはすでに聞いていた。
ヴェガードが話そうとしていたのは何故、ステラが死ぬことになるのかと、その理由を、セイラから聞いた結果だった。
「もっと早くシアンに話すべきだった」
ヴェガードが肩を落とし、珍しく後悔していた。
続けて、ヴェガードは主人公が、登場人物の誰を選ぶかでステラの死因が変わると言った。
その相手は――エラトス殿下、ラサラス、メラク、アトラス、アイン、ザニア。そしてヴェガードと俺。
それであの時、俺の名前が出てきていたのかと理解した。ヴェガードは顔を歪めて続けた。
ステラの死因は――主人公が、
俺、兄アトラス、弟アインを選ぶと、溺死。
ラサラス、メラクを選ぶと、焼死。
殿下、ザニア、ヴェガードを選ぶと、絞殺。
誰が、何のために、ステラを殺すのかをセイラは教えてくれなかった、と。何度聞いても、どうしても教えられないと言った。だから、自分が攻略対象だということを逆手に取り、主人公に近づいて、彼女から聞き出そうとしたのだ、と。
あの時、学園の中庭でステラと彼女が話しているのを聞いた。彼女は――『俺』を選ぶと言っていた。もしそうだとすれば、ステラは溺死するということになるのか?
(何故、溺死するのか? 水のある場所――それに関係する場所か? ステラは、そこにいる? ……そうだ。守護神は?)
「ヴェガード。お前の守護神とステラの守護神で、居場所を特定出来ないのか?」
ヴェガードは小さく首を横に振った。
「もちろん、最初にやったさ。僕たちの守護神は、夫婦神だからね。でもダメだったよ。――エオスもアストライオスを見失った。神でもわからない力が働いていると言っていたよ」
ヴェガードは目を伏せた。
「ベルクルックスは『俺』にすると言っていた」
「え? 何の話? ……まさか……」
「ああ。俺を選んだとしたら、ステラは――溺死だ」
ヴェガードは目を見開く。
「俺の守護神を呼び出すが、ここでいいか?」
「ああ、構わないよ」
「オケアノス。ステラを探せるか?」
『……難しいな。エオスも言っていた通り、神でも理解出来ない力が働いている時があるんだよな。今は――その時だ。力になれなくて悪いな』
「ステラの気配を感じたらいつでも構わない、すぐに教えてくれるか」
『わかったよ』
オケアノスはフッと姿を消した。
その後、ヴェガードも俺も良案が浮かばず、ひとまずプレアデス家の屋敷に戻ることにした。




