35. 召喚の儀式
◇◇◇◇
神殿のような造りの召喚室。
魔法陣の上に満月の光が差し込む。そこには一人の御令嬢の姿があった。
「――出でよ、悪魔ベリアル!」
魔法陣が禍々しい黒い光を放つ。
光が収まると、そこにはこの世の者とは思えないほどの美貌を持った妖艶な姿の青年が立っていた。
「あっ、貴方が悪魔ベリアル……本物なのね?」
『そうだ。私を呼んだのは、お前か?』
「ええ、そうよ。貴方に聞きたいことがあったの」
『何だ?』
「貴方はステラ・アステリアと契約したの?」
『誰だ? それは?』
「ステラ・アステリアよ!」
『そんな名、知らん』
「何なの? ……まだ契約してないってこと?」
アリサはブツブツと呟くと、少し考えてから目の前の美しい青年に向かって言った。
「悪魔ベリアル。今からステラ・アステリアのところに行って、契約してきてちょうだい!」
『何故だ』
「命令よ!」
『だから何故だ? 呼び出したのはお前だろう?』
「呼び出した者のいうことを聞くのではなくて?」
『それには、お前の名と褒美が必要だが』
「名と褒美?」
『ああ。名も知らず、褒美もなければ、従うわけがないだろう?』
「それも、そうね。私はアリサ・ベルクルックス。褒美は――」
『口づけを貰おうか』
「えっ?」
ベリアルがニヤリと笑う。
その美しすぎる容姿の妖艶な誘いに、キスくらい良いかと絆される。
「わかったわ」
『それで? お前の望みは、ステラ・アステリアに私と契約させることなのだな?』
「そうよ」
『契約内容は何でも良いのか?』
「彼女は契約内容を決めているはずよ」
『理解した。その望みが叶えられたなら、アリサは魂を込めた口づけをしても良いほどに歓喜するのだな?』
美しすぎる悪魔に『アリサ』と呼ばれたことに心が跳ね、高揚してしまい、思考が止まった。
「ええ、そうよ! 私の望みが叶ったら魂を込めた心からのキスをあげるわ」
『いいだろう。私がお前の望みを叶えてやる』
妖しげに微笑み、ベリアルはアリサの髪をそっと撫で後頭部に添えて、口づけをする。
アリサは近づいてくる美しく整った顔に見惚れて動けず、悪魔の甘いキスを受け入れてしまった。
◇◇◇◇
アステリア家。
ステラの私室に突然の来客があった。
(あの容姿――もしかして、『悪魔ベリアル』。召喚なんてしていないのに、何故?)
『やぁ、お嬢さん。月が綺麗だね』
「……私にはそう見えないわ」
前世の記憶からか否定したくなった。
悪魔ベリアルはクスリと笑う。その美しい容姿に見惚れてしまいそうになり、ぎゅっと口を結んだ。
「物騒ね。こんな夜更けに、女性の部屋に忍び込むなんて」
『すまないな。私のご主人様が煩くてな。お前と契約してこい、と』
「……ご主人様?」
『ほぉ。契約には疑問を持たないのか?』
ただ黙って様子を伺う。
(誰が何のために悪魔を私に仕向けたの? もしくは、この物語の強制力? 私の処刑フラグは……折ることが出来ないの?)
一瞬にして次々に疑問が浮かんでくる。
『ということは、お前は私と契約を結ぶ気があるということで良いか?』
「いいえ。私は――誰が何のために私に悪魔を仕向けたのかが知りたいだけ」
『お前……私が悪魔だと知っているのか?』
――しまった。
彼は自身のことを何一つ、話してはいなかった。浮かんできた疑問にばかり気を取られていた。漆黒を纏った妖艶な悪魔は苦々しい顔をした私に向かい『くくくっ』と笑う。
『まぁいい。私も私自身のために、お前には願いを聞かせて貰わねばならない。言え、お前の願いを』
「悪魔に願う願いなど、ないわ」
『それでは、困るな。ご主人様がどうなるか』
彼は思案する様子を見せる。私は悪魔ベリアルに言った。
「もし、何かを願わなければならないのなら……」
悪魔は片方の口角をあげて微笑んだ。
『いいだろう。それを叶えよう』
悪魔ベリアルは私の手を取ると、その甲にそっと口づけ、ふわりと消えた。
満月の光が薄暗い部屋を照らしていた。
『ねぇ……思い出して。ボクの契約者』
『貴方は――』
『ボクはずっと待っているんだよ? キミを』
『……星の花の神話を思い出したわ』
『本当に?』
『ええ。貴方は――あの木の神様ね?』
『うん。早くここからボクを解放して』
『もう少しで貴方を見つけられる』
『早くボクの所に来て。ボクがキミを連れていく』
『わかったわ。すぐに貴方のところへ行く』
『目を閉じて。ボクの名を呼んで』
『いいわ。私の守護神・・・・』
『ありがとう。セイラ!』
その夜、ステラの部屋に眩い光が差し込んだ。
しかし、それは数秒で元の暗闇に戻っていた。
その暗闇の中には、そこにいるはずのステラの姿が跡形もなく消えていた。




