33. 彼女の思惑
攻略対象の好感度は、着実に上げられている。――ただ一人、シアンを除いて。
何故、彼だけ魅了されないのだろう?
アインにそれとなく聞いてみても、はぐらかされてしまう。俺様キャラの彼には他の攻略対象の話は嫉妬からのバッドエンドになりかねないので、これ以上、深く聞くことも出来ない。
アインルートのバッドエンドは確かヤンデレ監禁エンドだ。それだけは避けたいし、ハッピーエンドしか狙っていない。そもそもアインは対象外だ。
シアンルートは『冷色の貴公子』と呼ばれる彼の『氷の仮面』を主人公が彼と心を通わせることで、少しずつ溶かしていき、本当の笑顔に変えるというものだった。
悪役令息で攻略が難しいだけに彼の心からの笑顔のスチールは最高だった。あの笑顔をこの現実で、それも目の前で見ることが出来たなら――。
でも今、シアンに一番近いのは――悪役令嬢ステラ・アステリアだ。最近は、以前にも増して、本来の物語と違っている。
(――まさか、彼女も転生者? だから、イベントが起きても内容が違うの?)
そう考えたら、すべてが当てはまる。
(……やっぱり。きっと、そうなんだ)
だけど……ステラは、どう頑張っても処刑エンドしかないはず。もし処刑エンドを逃れるとしたら、正規のルートには無い道を進むしかない。
どのルートにもないのは各攻略対象と悪役令嬢が結ばれるルートだけだ。
(もしかして……ステラはシアンを狙ってる?)
――嫌だ。そんなことは絶対させない。
それなら、王子と結ばれるようにもっていこう。今、一番、私の側にいて、一番、私に魅了されてる攻略対象。彼なら私の魅了魔法を遣って、ステラに魅了させることも出来るかもしれない。
元々婚約者だったのだし、問題はないはず。メリッサのことはどうにかしよう。
最終的にはステラにアイツを使って、王子と恋に落ちてもらえばいい。
そうと決まれば、ステラに直接、接触を図り誘導してみよう。――そう決めた。
〜・〜・〜
王立魔法学園にて。
「あの……ステラ様。ちょっとお話ししたいことがあるのですが」
「え? ええ。構いませんわ」
ステラと誰もいない中庭に移動する。
しんと静まり返った庭園にサラサラと生垣の葉の擦れる音だけが聞こえている。王立の魔法学園だけあり、隅々まで手入れが行き届いている。どの季節にもそれなりの草花が美しい色彩を放っている。
「ベルクルックスさん。お話とは何ですの?」
「あなた、転生者でしょ?」
「え?」
エメラルドグリーンの瞳が大きく見開かれ、確信に変わる。
「やっぱりね。おかしいと思ったのよ。イベントは起こるのに内容が違うし、あなたも悪役令嬢じゃないし」
「あ……」
「いいわ。私があなたの処刑エンドを変えてあげる!」
「え?」
「あなたはエラトス王子と恋をすればいいのよ!」
「ええっ?」
「一番、あり得ないエンドを作れば良いのよ!」
「でも……もう婚約を解消してしまっているわ」
「大丈夫よ! 私が何とかするから。王子なら国家権力もあるし、いざという時はきっとあなたの味方になって守ってくれるわ」
「……そう、かしら?」
「そうよ! だから、私の邪魔をしないで」
「え……?」
「シアンに近づかないでって言ってるの」
「あ……もしかして、シアンの事を?」
「そうよ! だから、邪魔しないで。あなたは王子と恋に落ちることだけを考えたらいいのよ!」
そう忠告し、ステラに背を向けて、先にクラスに戻った。
きっと、これでステラはアイツを呼び出す。そして、処刑エンドを回避するために願うのだ。
――でも、そのせいで処刑になるのだけど。それは私には関係のないこと。
私はシアンルートのハッピーエンドにいく。
――『星花』を見つけ出して。
私が彼の『氷の仮面』を溶かしてみせる。
◇◇◇◇
ベルクルックスがステラを呼び出した。
嫌な予感がして、ステラに気づかれないよう映像転送魔法をかけた。
一部始終を聞き、ため息を吐いた。
(何なんだ。身勝手にも程がある)
先にクラスに戻ってきたベルクルックスがこちらを見て微笑む。俺は視界から外した。
ここまでくると、不快でしかない。話題に自分の名前が上がっていたことだけでなく、彼女のステラに対する態度にも腹が立っていた。
中庭に一人、取り残されたステラが戸惑っている様子が映る。クラスには戻らず、近くのベンチに腰掛けた。
彼女はぼんやりと空を見つめていた。
(――ステラ。何を考えている? ベルクルックスの言う通りにしようなどと考えていないだろうか?)
この前は『婚約はしない』と言っていた。ただ、生き残るための婚約ならば、するのではないか?
もちろん、ステラが助かる方法がわかれば、それを実行したいと思う。もしも婚約が必要なら、その相手は俺であっても構わないのではないか。それはステラ自身かヴェガードが選ぶことなのだが。
(ステラが誰を選んでも……)
考えただけで、黒い血液が身体を巡る。
(これは……マズイな)
ガタリと席を立った。そして、中庭に向けて足早に歩き出した。
◇◇◇◇
(エラトス殿下と、恋、ね……)
正直、そんなことをアリサさんから言われるとは思わなかった。そして、彼女がシアンルートを攻略しようと考えていることがわかった。
(私が転生者だって、バレちゃったし。ハッキリ肯定はしなかったけど、彼女はそのつもりで話していたよね。……あり得ないエンド、かぁ。私にとっては今の状況こそ物語ではあり得ないんだけどなぁ)
メラクには婚約の申込みをされたし、シアンは昔と違って、仲が悪いってほどではないし。むしろ、お世話になっているくらいだ。
一人、中庭のベンチに腰掛け、空を見上げながらぼんやりと考えていると、声をかけられた。
「いつまで、そうしているつもりだ?」
「……シアン」
視線を向けると苦しそうに胸を押さえるシアンの姿があった。
「え? また顔が青いわよ? 大丈夫?」
「ステラ、少し身体を貸してくれ」
「……は?」
答える間もなく、シアンは私を抱き締めた。首筋にシアンの前髪が触れる。
「っ! ちょっと! ここ、中庭!」
「問題ない」
「問題だらけよ!」
「遮断魔法をかけた」
「はぁー、ソウデスカ」
シアンの腕にぎゅっと力が入る。私は息を吐くとそのままの状態でシアンに話した。
「なんでそんな状態になるの?」
「……わからない」
「それ、最近よね? それとも今までは私じゃなくて他の人にお願いしていたの?」
「こんな状態になるのは初めてだし、ステラ以外にしたこともない。する気もない。そして、この状態から回復するのにステラ以外は受け付けない」
「何なの? それ?」
「何……だろうな?」
シアンがゆっくり身体を離す。私は咄嗟に額を手で隠した。
「……しないよ」
「この前は勝手にしてたわ」
「悪かった。今はしない」
「はっ! 今は?」
(何それ? 今じゃなければ、いつかすると?)
「婚約をすれば、ステラが助かるのなら……」
「え?」
「俺は、お前の婚約者になるよ」
「……何の話?」
「ステラが死ぬとわかっていても、そうでなくても俺はお前の婚約者になるよ。自分の存在を迷惑だ、なんて考えるな。俺は、お前に生きていて欲しいと思っている」
「なっ、何で?」
「何で……だろうな?」
「あっ! わかった! 私がいないとシアンも困るものね!」
「え?」
「今みたいに回復出来なくなってしまうもの」
「それは違う」
「え……?」
とてつもなく低い声でシアンが否定し、驚いた。シアンは私の目をじっと見つめて言った。
「俺の為に生きていて欲しいのは確かだが、理由は違っている。ステラには死んで欲しくない。生きていて欲しいと、それだけを思っている」
まっすぐに見つめる視線を逸らすことが出来ず、その青いサファイアのような瞳を見つめ続けた。
先に視線を逸らしたのはシアンだった。彼はハッと顔を上げ、辺りを見回す。
「どうかしたの?」
「遮断魔法に誰か触れた。――来るぞ」
「やぁ、ステラにシアン。何をしているの?」
「……エラトス殿下」
姿を現したのは微笑む第二王子エラトスだった。




