31. 呪われた子
アステリア家、ヴェガードの私室。
従僕に案内されたのはいつものサロンではなく、そこだった。
アステリア家の屋敷は『風魔法の公爵家』というだけあり、どこからか風が通り抜けていくような爽やかさが漂う。まるで草原にいるかのようだ。
その中でもヴェガードの私室は落ち着いている。自身の瞳のごとく深緑の家具に、所々ステラの瞳のようなエメラルドグリーンが差し込まれている。
滅多に入ることのないその部屋に、というより、初めて入るその部屋に今日は通された。ヴェガードに呼ばれたので問題はないが話の内容は多分、相当重いのだろう。そして、それを決してステラには知られたくないのだ。
窓際のソファに部屋の主が優雅に腰かけていた。
「やぁ、シアン。呼び立てて、すまない」
そういうと、向かいのソファを勧めた。
俺がそこに腰かけたのを見届けると、侍女達に茶を用意させ下がらせた。
「急に悪かったね」
「いや、構わない」
「本題に入るね。星の花のことなんだけど」
ヴェガードは古い本と資料をテーブルに置いた。俺はそれを手に取るとパラパラと頁を捲った。
内容に驚愕した。
(何だ? これは?)
極めつけは、一枚の肖像画。見覚えのある男女が仲睦まじく寄り添っている。
どう見ても、これは――俺とステラだ。
「それね……僕も驚いたよ」
顔を上げると困ったように眉を下げたヴェガードの顔があった。
「裏を見て」
指示通り裏返すとそこには古びた薄茶色のインクで名前が書かれていた。
『ルーカス・アステリア』『レイラ・プレアデス』
(は? 何だ? アステリア? プレアデス?)
「その様子だとシアンは知らなかったんだね」
「何のことだ?」
「シアンの身に起きていることは?」
「え?」
「君のその体質について、プレアデス家ではどんな説明を受けているの?」
「は? 何故?」
「それが重要だからさ」
そういいながらヴェガードは足を組み直す。
「単純に生まれた時からの体質としか……」
「へぇ……そうか。プレアデス家ではそういう方針だったんだね」
含みのある言い方に眉をひそめるとヴェガードは肩をすくめ謝罪した。
「ごめんね。意地悪で言ったわけじゃないんだよ。ねぇ、シアンは真実を知りたいと思う?」
「どういうことだ?」
「家の者も隠しているシアンの真実を、さ」
「……知りたい」
ヴェガードは目の前に古い資料を置いた。まるでその答えを予知していたかのように。
そこには更なる驚愕の事実が書かれていた。そのまま彼はある御伽噺を話し始めた。
『悪魔女レイラ』、『呪われた子』、『凍らせた心』。そして――『星の花』。
どこかで聞いたと思っていた。あれはプレアデス家に伝わる門外不出の本だった。二人の名を見て、そして、その古い資料を見て思い出した。
確か、あの本には――
~・~・~・~
《星花の伝説》
――知っているか?
星の降る夜にその木に咲く星の花を見ると願いが叶うらしい。
そこには神様がいて何でも願いを叶えてくれる。不治の病も、不治の怪我も。
その神様は待っているそうだよ。
愛する人を。ずっと。
遠い昔、この国がまだ無かった頃、ここには神々が住んでいた。その木がある丘で一組の男女の神が逢瀬を重ねていた。許されない関係だった二人は、そこでいつか結ばれようと誓い、永遠の命を、自ら捨てた。生まれ変わり今度こそ、ずっと一緒にいるために。
神は二人を許さなかった。永遠の命を捨てた我が子たちを引き裂いた。そして、神ではなく、人間の魂として生まれ変わらせた。
永遠に転生する、魂として。
引き裂かれた魂は、惹かれ合うも結ばれることはなかった。互いを見つけ惹かれ合い、愛を伝え合うと必ずどちらかの命が尽きた。
それを何十年、何百年も繰り返したある日。一人の少女がこの世界にやってきた。
そして、その丘で祈りを捧げた。どうか愛し合う二人を引き裂かないでと。
その木に宿った神は少女に語りかける。何故そのような願いを祈るのかと。
少女は言った。
私は二人の子どもだから。
永遠に生まれないなんて、神様は意地悪ね。
私はずっと待っているのに。
貴方と恋に落ちるために。
貴方に愛を教えるために。
木に宿った神は驚いた。
神様と呼ばれた自分に知らないことがあるのだとこの少女に言われたのだ。
しかし、不思議と怒りは湧いてこなかった。
それから、ずっと待っていた。
彼女が来るのを。愛を囁いてくれる時を。そこに来る人間達の願いを気まぐれに叶えながら。いつか彼女がこの永遠から解放してくれる日を。
久しぶりに人間が来た。
彼女の姿に息を呑んだ。
ずっとずっと待っていた彼女だった。
自分が許さなかった二人が結ばれのだ。そして、彼女が現れた。
彼女は木に宿った神に言った。
ありがとう。
貴方が私の願いを叶えてくれたから、生まれた。
貴方が二人を許してくれたから、私は生まれた。
貴方と恋に落ちるために。
どうか、私に姿を見せて。
彼女はその木の幹を抱きしめた。
その木から一人の青年が現れた。
待っていた。ずっと待っていた。
あの日から、ずっと。
心は既に君に奪われていた。恋い焦がれていた。
我が子たちの想いが、やっと分かったのだ。
これが、愛だと。
二人はその木に寄り添うように消えた。その木は綺麗な星の花を咲かせた。
永遠に枯れることのない、星の花を。
今でもそっと丘の上からこの国を見守っている。始まりの神々が宿るその木が。
~・~・~・~
あれは『神話』ではなく、『伝説』だった。
でも神々が出てくる時点であれは『神話』だったのではないか?
プレアデス家では童話のような扱いだったが。
(あれが――あの噺がステラの……セイラの探していた『神話』なのか?)
ただヴェガードの話した『悪魔女レイラ』の噺は初めて聞いた。
ヴェガードはその噺の『呪われた子』が俺なのではないかと言った。そして、ステラがルーカスの魂を持って生まれたことで俺が悪魔女レイラの呪いにかかってしまったのでは、と。
思い当たることが多すぎた。間違いなく、俺は『呪われた子』だろう。
だからプレアデス家は毎晩、俺の記憶を記録していたのだ。
――『呪われた子』の観察記録を。




