29. 彼女か彼か
ステラを探していると王城の一部屋からアクイラが出てきた。
「シアン?」
「アクイラ。ステラを見なかったか?」
「ステラなら、その部屋にいるわよ?」
「何? 具合でも悪いのか?」
「シアンが誰かの心配をするなんて、珍しいわね。大丈夫よ。具合悪くなったのは私。それをステラが介抱してくれただけ」
「そうなのか……」
ホッとしていると、アクイラの瞳が驚いたように大きく開かれた。
「ねぇ。もしかして、シアンって――」
「?」
言い淀むアクイラに首を傾げると、アクイラは首を小さく振って『やっぱりいい』と言い、庭園の方へ歩いていった。
アクイラが去ったのを見届けると、部屋から出てこないステラが心配になり、扉をノックした。
「ステラ? いるのか?」
「……」
中からは何も聞こえない。
「開けるぞ」
扉を開くと、そこには呆然と立ち尽くすステラの姿があった。
「ステラ? どうした?」
「あ……えっ? シアン? どうしてここに?」
驚いた顔をしたステラに問いかける。
「何があった?」
「え?」
「顔が赤い。何があった? 具合が悪いのか?」
赤くなったステラの額に手を当てと、熱を持っているようだった。
「――おい。熱がないか? 具合が悪かったんだろう? 何故、いつも無理をする?」
「あ、いや……シアン、あのね。……近いわ」
「は?」
「だから! シアンとの距離が近くて、顔が赤くなっちゃうのよ!」
「何故?」
「その……もう! 鈍すぎ!」
「?」
ステラは怒っているみたいだ。でも俺には何故、彼女が怒っているのか、わからない。彼女はふぅと一つ息をつくと、不機嫌な声を出した。
「メラクの具合が悪くなったから、付き添っていただけ。私は何ともないから!」
「……え?」
「何よ?」
「それならば、何故、顔が赤かった? 俺が来る前からお前の顔は赤かっただろう? メラクと、何かあったのか?」
「えっ?」
「この部屋にメラクと二人きりでいたのだろう? 何があった?」
ステラの顔は更に赤みを増す。それを見た瞬間、思わず眉間に皺を寄せてしまった。
俺と会ったのはアクイラだった。でも実際には、アクイラの格好をしたメラクだったのだ。そして、ステラは、それを知っていた。その上、この部屋に二人きりで顔を真っ赤にさせていたのだ。
何もなかったわけがない。
ステラは俺の様子を見て、観念したように話し出した。
「メラクに婚約の申し込みをされたのよ」
「は?」
「だから! 思いがけなかったから吃驚して――」
「――そうか」
胸の奥が痛む。
(これは、何だ?)
どくり。と、心臓から黒い血液が押し出されるのを感じた。
無意識に胸を押さえ、眉間に皺を寄せるとステラが狼狽えた。
「どうしたの? シアン、顔が真っ青よ!」
心配そうに覗き込むステラを俺は、ぎゅっと抱き締めた。
「えっ? シアン?」
ステラが戸惑った声を出した。
何故だろう?
こうしていると胸の奥の痛みが和らぎ、黒く染まった血液が浄化されていくのを感じる。
抱き締める腕に力を入れた。
「……シアン。苦しいわ」
「……すまない。もう少しだけ……」
耳元で心配そうなステラの声が聴こえる。沸き立った心が少しずつ平静さを取り戻していく。
身体中に入っていた力が抜けていくと、そっと腕を解いた。
息が触れるほどの距離の近さにステラが顔を赤く染めた。そんなステラの額に、自分の額を付けると目を閉じる。
「何故か――」
「?」
「ステラに触れたら、落ち着くんだ」
「え……」
「今まで苦しくなることなど、なかったのに」
「シアン?」
大きく呼吸して息を整えていると、ステラが俺の背中に手を回し、そっと擦った。
ゆっくりと目を開く。目の前には心配そうなステラの瞳が映る。
キラキラと輝くエメラルドのような瞳。その瞳が俺を映し出す。それをじっと見つめながら額を離すと、離れた額に唇を寄せた。
そっと唇を離すと、瞳を限界まで開くステラの顔があった。その顔に心臓が高鳴る。――この感覚。経験したことのない感情。ステラといる時にしか、起こらない。
(一体……何だ、これは)
ただこの感情は悪いものではない。嫌なものでもない。まるで知らなかったものを知った時のような感覚だった。
ステラは瞳を瞬かせると、自身の額に手を当て、顔を赤く染め上げていく。
「なっ……何を――」
「悪い。身体が勝手に」
「はっ……はぁ?」
「ありがとう。お陰で落ち着いた」
「なっ……なんなの? 何でこれで落ち着くのよ? 私の方が落ち着かなくなったわ!」
「そうなのか?」
俺は首を傾げると、胸を貸してやろうと両手を広げた。
「なっ、何それ?」
「いや……落ち着かないのなら胸を貸そうかと」
「何でそうなるのよ!?」
「俺はこれで落ち着く」
「私は違うの!!」
「へぇ。そうか」
腕を下ろし、ステラの顔を覗き込む。
「それなら、どうすればいい?」
「っ!! 何もしなくていい!」
顔を赤く染めたまま、思い切り顔をしかめ、扉に向かってスタスタと歩く。
その後ろ姿に向かって、問いかけた。
「メラクとの婚約、どうするつもりだ?」
「どうするも何も……断るわよ!!」
「そうか……」
何故かホッとした。落ち着きを取り戻すと、不意に疑問が湧いてきた。
メラクとアクイラ。
何故、二人が入れ替わっているのか。その理由をステラは知っているのか。
「ステラ」
扉の前でピタリと足を止め、振り返ったステラの名前を呼ぶ。
「この部屋から出てきたのは、アクイラだった」
ステラは目を見開いた。
「でもお前は、この部屋にいたのはメラクだったと言った。一体、どういうことだ?」
ステラの顔から血の気が引いた。この様子であれば、彼らの入れ替りの理由も知っているのだろう。
「二人は入れ替っていたのだな? 理由も知っているな?」
「……」
ステラは静かに頷いた。
「理由は――アリサさんの魅了魔法のせい。アクイラがメラクを護るために入れ替わっていたの」
「なるほど」
「でも無理だった。すでにアクイラは、魅了魔法にかかっているわ。エラトス殿下もラサラスも」
「わかった」
「え?」
「魅了魔法を解けばいいのだろう?」
「はぁ? そんな簡単に……言わないでよ」
「解くのは簡単だが彼女に微笑まれたら、また繰り返しかかることになるが」
「何を言って……いるの?」
「魅了魔法を解くことは出来るが、根本をどうにかしないと終わらないだろう?」
「え? シアン、言っている意味がわからないわ」
「俺には魅了魔法は効かない。そして、解くことも出来る」
「なっ……何よ、それ?!」
「体質だ。仕方がない」
「一体、どんな体質よ?!」
ステラが大きくため息を吐いた。




