19. 王城の夜会
夜会の日がやってきた。
光魔法の遣い手として異例の編入をした男爵令嬢の御披露目ともあり、王城での夜会は多くの貴族で埋め尽くされていた。
学園でも交流のある第二王子が彼女をエスコートしてホールに入ると、視線が集中する。
「おお。何と美しく、可憐な御令嬢だ」
「女神アフロディーテ様の守護を受けているらしいわよ。とても素敵ね!」
どこからともなく聞こえてくる声にアリサは高揚した。一平民だった自分がこんな煌びやかな世界で話題の中心人物になっている。
誰もが自分を見ている。羨望の眼差しで。隣には見目麗しい王子の姿。その彼が自分を見て、優しく微笑んでいる。
――王子ルートも、ありかな。
アリサに、そんな気持ちが芽生えた。
夜会が始まる。
まず国王陛下から重要な話がある、と一瞬で会場が静まり返る。
「皆、よく来てくれた。今宵は、楽しんでほしい。まず先に私から一つ、この場で皆に話がある」
そういって、第二王子エラトスを呼び寄せる。
「第二王子エラトスの婚約をこの場で解消するものとする」
国王の言葉に周囲がざわめき出す。会場中の視線が一点に集中する。
急遽、出席することとなった第二王子の婚約者、公爵令嬢ステラ・アステリアに。
彼女にはあの日、すでに知らされていた。
エラトスの守護神テミスの予言により、二人の婚約を解消すべきと、王家から申し出を受けていた。
その申し出を受けたとき、ヴェガードも、ステラでさえも驚いた。物語と大きく違っていたからだ。
ステラとエラトスが婚約破棄するのは約一年後、断罪される場でのことだった。それが一体どうしてこんなにも早まったのか?
テミスは何を予言したのか?
どちらにしても、ステラには好機だった。
シナリオから外れれば、外れるほど、自身の生存率が上がる可能性が出てくるからだ。
王家の事前の申し出にアステリア家は承諾した。そして、この場での発表も知らされていた。夜会で具体的な理由は述べられず、貴族たちの話題はそれで持ちきりになった。
アリサは物語とは違う展開に驚愕すると同時に、自分の立場が霞んだことに苛立ちを隠せずにいた。
ギリギリと奥歯を噛み締めていると、
「はじめまして。君がアリサ・ベルクルックス男爵令嬢だね?」
落ち着きのある優しい声で話しかけられた。振りかえると、そこには眉目秀麗な青年が立っていた。
サラサラなイエローアッシュの髪に、深緑の瞳。そうだ。彼は……攻略対象の一人。
ヴェガード・アステリア。――ステラの兄だ。
「はじめまして。ええ、アリサ・ベルクルックスと申します。以後、お見知りおきを」
「こちらこそ。僕は、ヴェガード・アステリアだ。君に会えて光栄だよ。アリサ嬢」
にっこりと微笑む。その美しさに思わず見惚れてしまう。今まで感じていた苛立ちなど、すでにどこかにいってしまった。
「一曲、踊って貰えないだろうか?」
「ええ。喜んで」
差し出された手を取らずにはいられなかった。
二人はホールの中心で踊り出す。美麗なその姿に視線が集中する。アリサは、また高揚感に包まれた。
「君は美しいね。所作も綺麗だ」
「ありがとうございます」
アリサは顔を赤らめ、御礼を言った。
「本当はこの夜会に出る予定はなかったのだけれど……今日は来て良かったな」
「え?」
「君と出会えて、良かった」
そういって微笑む顔に、アリサは胸が高鳴った。
そして、頭の中で思い起こす。ヴェガードルートの攻略方法を。
◇◇◇◇
兄さまの目的は……これか。
――主人公に近づくこと。
なるほど。シアンと目配せし、互いに納得する。
(相手の動向を探るため? それとも……まさか、本気で?)
アリサさんの魅了魔法は桁外れだと聞いている。特に異性に対しての効力だけが半端ではないと。
それにしても、何でシアンはあんなにアリサさんに素っ気ないのか?
(シアンって……魅了魔法、効かないのかな? 兄さまは大丈夫かしら?)
チラリと、兄へ視線を向ける。
(うーん。いつも通りに見えるのだけれど……)
アリサさんは真っ赤になって俯いたりしてるから兄さまが何か仕掛けているに違いないけど。
視線に気が付いた兄さまが、私に向かってパチリと片眼を瞑った。自分の兄ながら、ドキリとしてしまう。
確かにステラとは兄妹だけど、ステラの中にいる私には何の関係もない。むしろ攻略対象として恋に落ちていた側だ。
そう考えると、この状況は、かなり過酷だ。兄に恋をしてしまうかもしれないなんて。
(ああ! これは……気が付かない方が良かったのでは?)
複雑な想いが芽生えてしまった。これから兄と、どう向き合っていけばいいのか。どんな顔で毎日、兄と過ごしていけばいいか。ただ、不安でしかなくなった。