146.宴への招待
「招待状、だって?」
第一王子エウロスの執務室。
呼び出されたヴェガードが怪訝な顔をする。もはや隠しもしない友の表情に苦笑いすると、エウロスは話を進めた。
「内乱が起きているのにもかかわらず、隣国を招待しての晩餐会を開くそうだ。これを機に他国の力を借りようってことかもね」
(自国の民であっても自分たちではどうにもできないということか……)
頭を抱えたエウロスに、ヴェガードは口角を上げてみせる。
「それで? 僕に誰を連れて行けって?」
顔を上げたエウロスは、目を丸くする。
そこまでは考えていなかったが、ヴェガードならばそれなりに何か策を講じてくれると期待してはいた。
「……誰を連れていきたいんだ?」
「エラトス殿下。そして、アトラス、ザニア、ラサラス、メラク。あと聖女と司祭様、かな」
「わかった、許可する」
はぁと一息、吐き出した。
エウロスの出した許可を満足とばかりに微笑んだヴェガードが、思い出したように「そうだ」と付け加える。
「これから僕がすることすべてに同意、ということでいいよね?」
一瞬で眉間にシワを寄せたエウロスに、ヴェガードは笑みを深める。
「交渉は一任してくれないと」
「……わかった」
エウロスの補佐官であれば、いちいち許可などいらないのだが、宮廷法官であるヴェガードには許可取りが必要だった。
「だから俺の近くで働けって言ってるのに」
「それは嫌だ」
キッパリと清々しい顔で言い切る友を見て、エウロスは眉間にできたシワを伸ばすように指でつまんだ。
◇
「こちらから伺う準備をしていたわけだけど、まさかあちらからご招待していただけるとは……僕も想像していなかったよ」
隣国への出発準備をしていた一行に、第一王子の執務室から戻ったヴェガードがニッコリと微笑んだ。
「しかも、ステラまで招待したんだ」
ヴェガードの顔は微笑みを浮かべたままであったが、その場の誰もが背筋をピッと伸ばした。その声には怒りが含まれている。
(アンドロスはどうやら『消滅』したいらしい)
メラクは心の中で呟くと瞼を伏せた。ヴェガードから前もって、ステラにはこの国にいてもらい、これ以上危険にさらしたくないと伝えられていた。まさか名指しで招待を受けるなど、思ってもいない事態に怒りが爆発しそうなのはメラクも同様だった。
「ならばステラにも状況を説明し、準備してもらわなければならないね」
凍りついた空気の中、声を発したのはエラトスだった。この場でヴェガードより立場が上なのは王族である彼以外にいなかったからだ。元神ならばいるのだが、今は一司祭でしかない。
ヴェガードは大きく息を吸い込むと、笑顔を消して天井を見つめた。
(どこまで話すべきか……)
アインからの連絡でシアンが忘却魔法にかけられてしまったこと。そして、アインと引き離されてしまったこと。おそらく今のシアンはステラに好意を持つ前の、あの『冷色の貴公子』と呼ばれた状態に戻ってしまっていることを。
「全部話していいんじゃない?」
メラクがヴェガードの心の中の問いに答えるように口を開いた。視線が合うと肩を竦める。
「ステラはそんなに弱くないでしょ?」
メラクのいう通りだ。今までも何度となくステラに隠して護ろうとしてきた。でもそのたびに「なぜ教えてくれなかったのか」と頬を膨らませていた。
そんなステラの顔を思い出し、ヴェガードは思わず頬を緩めた。
「そうだね。包み隠さずすべて話すことにするよ」
口元に手を当て、クスリと笑った。