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142.記憶の忘却

 


(やべぇ……やべぇ……めちゃくちゃ、やべぇ!)


 アインは一人残された客室のソファで一見、ぼんやりとしたように見せかけながら、心の中で焦っていた。


(クソッ。……どうする? 考えろ!)


 まさか、あんな魔法具を遣うとは思わなかった。


 予想では魅了魔法に近いものを利用して、シアンを思い通りにしようとするのではないか、と考えていた。だからシアンが提案したのだ。かかったふりをし、アインが発生源を特定する。いざという時はアインの《水魔法》『縁結』を遣えば、何とかなる。――そう計画していたのだが。


 遣われたのは、“忘却”の魔法具。

 その発生源は――あのオルゴールだ。


 いち早く気が付いたシアンはそれをアインに伝えるべく、耳元に手をあて《水魔法》『隠秘』を遣い、遮断魔法をかけた。


 音の遮断された中、アインは発生源を探した。

 遮断魔法がかけられたアイン自身が、その身でいかなる魔法を遣おうが気付かれることはまずない。

 《水魔法》『読解』を遣い、キョロキョロと部屋中に目をやる。そして、特定したのがあのオルゴールだった。


 音が聞こえずとも、読唇術で話していることなど容易にわかる。アルカディアの公爵家の人間であれば、当たり前のように会得しているものだ。

 だからアインにはシアンが間違いなく忘却魔法にかけられていることも、王女や部屋にいる他の従者や侍女には魔法を遮断する魔法具が身に付けられていることもわかった。


 かかっていないことを、未だに感づかれていないことは幸いだが、シアンが魔法にかかり、引き離されてしまったことは状況的に非常にマズイ。


 アインはこれからどうやってシアンを戻そうかと考えを巡らせていた。



 ◇◇◇◇



「シアン様、アンドロスにようこそいらっしゃいました。まるで、夢見たいですわ」


 胸の前で手を組み、嬉しそうに微笑みかける王女にシアンの表情は一切変化しない。そこにはゲームの中と同じ『氷の仮面』を被った『冷色の貴公子』の姿があった。




 ――王女の部屋に入る前。


 先に一歩、その部屋に足を踏み入れたシアンは、オルゴールの音に気が付いた。それをアインに知らせるべく、アインの身体()()に遮断魔法をかけた。


 シアンは王女がどのような魔法具を遣ってくるのかわからなかったため、自分は《防御》せず実際にかかり、アインがその様子から判断して、かかったように見せかけながら、発生源を探したほうがよいと考えていた。

 アインにはあえて伝えなかった。今の関係であれば、この提案は却下されることがわかりきっていたからだ。


 ここまでの王女を見れば、用意周到なのは明白。

 魔石の組み込まれたグラスを用意するくらいだ。下手をすれば、自分たちの行動も読まれている可能性がある。何故なら王女は物語を知っていて、自分たちの弱みもおそらく知っているだろうから。


(アインなら意図に気付くだろう。それに……もう以前のような複雑な関係ではないしな)


 ここに来て、兄弟の関係改善が効いてくるとは。

 安心して任せられる。


 それに――本当に最終的には。()()()がいる。


(それはそれで都合がいい)


 シアンは僅かに口角を上げると記憶を手放した。



 〜・〜・〜



(一体、どうなっている?)


 気が付くと、見知らぬ場所に来ていた。

 目の前には自分を見て恍惚な笑みを浮かべている見知らぬ女。嫌悪すら感じるその眼差しに眉をひそめそうになったところで、その女は隣国アンドロスの第二王女であると名乗った。


(どおりで知らない場所なわけだ)


 そして、自分の後ろを見て、さらに驚いた。

 そこにはわだかまりのあったアインが自分の魔法を身に纏っている。


(これは……どういうことだ?)


 シアンは首を捻った。


「俺は……なぜ、ここに?」

「嫌ですわ、シアン様。お忘れになったのですか? 私の護衛と従者の代わりに、とアルカディア王国からアイン様と一緒に来られたのではないですか。……ですわよね? アイン様」

「……」


 アインも、今しがた意識を取り戻したかのように首を捻り、まだ辺りを見回しては考え込んでいる。


(――そんなはずはない。アインには、この状況がわかっているはず)


 アインは今、自分がかけた“遮断魔法”の中にいるのだから。


 しかし、口元だけ見て何も答えずにいるアインに何らかの意図を感じ、様子を見ることにした。声を出そうと思えば、遮断魔法があったとしても方法はある。あの中ならどんな魔法も遣えるのだから。


 そのうち、王女はアインと自分を引き離した。


(何とかしてアインと話をしなければ)


 隣国アンドロスの王家とプレアデス家は遠い親戚のようなものだ。実際に今、目の前にいる第二王女はプレアデス家の容姿に近い。まるで、父シェアトの色、そのものだった。


 ただこの王女に対する感覚は親戚のように親しみやすいものでも、ましてや好感が持てるようなものでもない。むしろ、吐気がするほど甘ったるい視線と声色。何故か既視感を覚える。


(一体、どこでだ? ――いつ?)


 思い出そうとすると、キーンという音が頭の中に響き痛み出す。無意識にこめかみを押さえると王女が心配そうに覗き込み、腕に触れた。


「シアン様? 大丈夫ですの?」


 触れられた腕をさり気なく引き『心配無用です』と制止する。


「どうやら違う国に来たことで、少々、疲れたようです。私もアインと同じく、部屋で休ませていただきたい」


(どうにかして、アインのところに戻らなくては)


 客室は同じだろう。しかし――わざと引き離したからには別の部屋を用意するだろうが。


「ええ……そうね。まだいらっしゃったばかりですもの。シアン様のお部屋にご案内いたしますわ」


 王女は、にっこり笑うと自ら案内をし始めた。


「こちらですわ」


 案内された部屋は王女の部屋の数歩先。

 おおよそ客室とは思えぬ一室。


(ありえない……この国の王家は頭の中が腐っているのか?)


 婚約者のいない未婚の王女の()()()()に他国の公爵家の男を宿泊させるなど。さらにズキズキと痛み始めた頭を落ち着かせようと、大きめに呼吸する。


「まさか。王族のフロアに他国の客が宿泊する国など――存在するとは思えませんが。お戯れはお止めください」


 真顔で凍てつくような視線を向ける公爵令息に、王女は思わずうっとりと息をもらす。


 その様子にシアンは内心、呆れていた。そして、先ほどの既視感が鮮明になっていく。




『私があなたを選んだの! シアン、あなたは私を好きなはずなのよ!』




(あれは――誰だ?)








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