14. 彼女の真実
授業が終わり、先に帰ったステラの後、しばらく時間をずらしてからアステリア公爵家へ向かう。
屋敷に着くと、待っていた従者にサロンへと案内された。そこにはステラだけではなく、ヴェガードの姿もあった。
「いらっしゃい。朝以来だね」
ニコリと笑うヴェガードに少し頭を下げる。彼は苦笑いに変え、『ここに座って』と席を勧めた。指示された椅子に腰掛けるとステラが口を開く。
「お呼びしてしまって、ごめんなさい」
「いや……俺が話を聞きたかったから」
チラリとヴェガードを見ると、その視線の意味に気が付いた二人は互いに目配せする。
「えっと……兄は色々と知っているの」
「入学前にあった出来事についてか?」
「ええ、そうよ」
ステラが頷くとヴェガードが不満げな顔をした。
「といっても、僕が知ったのは昨日だよ」
「兄さま!」
「ごめん、ごめん。でもステラがずっと一人で抱えて、苦しんでいたのは確かなことだろう? それに気が付けなかったのは不甲斐ないよ、兄として」
「兄さま……」
二人のやり取りを見ていたが先に進まないので、遮るように問いかけた。
「それで? 何があった?」
ハッと我に返った二人が気まずそうな顔をした。
「私には私でない人の記憶があるの。私の中に違う人間がいる、といった方が正確かもしれないわ」
「……」
「入学前日にステラではない、違う人の記憶が甦りました。今の私はステラではありません」
にわかには信じ難い話だった。果たして、そんなこと起こり得るのだろうか?
「では、君は?」
「私は……私の名前は『星 聖来』といいます」
「ほし、せいら……」
「名前が『せいら』ですわ」
「……セイラ」
「はい……」
ステラが俯くとヴェガードが彼女の手を握った。
「昨日、シアンがステラを屋敷に送ってくれた後、意識を取り戻したステラから聞いたんだ。だから、僕も知ったばかり。セイラにも守護神がついていたから、それで気が付いたんだ」
「そうか」
「ただ……セイラにも、その守護神が誰なのか分からないみたいなんだ」
「え?」
ステラに視線を移すと、彼女が顔を上げた。
「えっと、そうなの。詳しい記憶が戻ったのが召喚の儀式の時で……それで……」
彼女が顔をしかめた。そして、今にも泣き出しそうな顔に変わる。
「まだ誰にも話していないことがあるの。だから、兄さまにも聞いて欲しくて、同席してもらったの」
ヴェガードもその理由を初めて聞いたようで少し驚いた顔でステラを見つめた。
「今から言うことを……信じてもらえるかどうか、分からないけれど」
そして、彼女は話し始めた。
それは本当に信じられないような話だった。
◇◇◇◇
(一体、何だ? その話)
ステラが語り始めた話に、驚きを隠せなかった。
(彼女……セイラのいた世界の『創作上の世界』がこの王国だと? 僕たちもすべてその世界の登場人物だと? そんなことって……こうして生きているではないか。息をして、動いて、生活して、感じて、想って。それが全部、誰かの手によって創られたものだと? 結末も決まっている? ……何だ、それは。しかも、何通りも結末があって。そして、どの結末を迎えても……ステラが死ぬと? それで倒れたのか。それを思い出して……)
心が苦しくなった。ステラを救うにはどうしたらよいのだろう。それはきっと一緒にこの話を聞いたシアンも同じで。あのシアンでさえも苦しい表情を浮かべていた。
まだステラは詳しく話していない。何故、ステラが死ぬことになるのか。その原因が分からないと、対策は立てられない。
ただ……今は、ステラから聞いた話がすんなりと心に入ってこない。ステラの中にステラではなく、セイラがいることはすぐに受け入れられたのに。
今はこれをどう消化したらいいのか、ということしか考えられなかった。
少しずつ、少しずつ、ステラの身に危険が迫ってきていたというのに。
この時、僕もシアンもそれに気が付けなかった。