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104.伝えたい事

 


 鳩を象った紋章の藍色をした馬車が、規則正しく揺れる。ここ数日で慣れたように隣に座るシアンにステラは呆れ顔をした。そして、当然のように握られたままの手を見つめる。


 ステラはシアンルートの最後を思い出していた。


 シアンルートは、『冷色の貴公子』と呼ばれる彼の『氷の仮面』を、主人公ヒロインが彼と心を通わせることで少しずつ溶かしていき、本当の笑顔に変えるというものだった。


 物語は、シアンが何故『氷の仮面』を被るようになったのか、というところから始まる。


 実はシアンルートの物語は、アインルートの物語と絡んでいる。ルートの分岐点で主人公ヒロインがシアンに心を寄せるか、アインに寄せるかで、その後の物語が変わっていく。


 そして、シアンルートのバッドエンドでステラはシアンの手によって処刑される。卒業して、最初の仕事が『幼馴染みの処刑執行』だなんて――本当に気の毒過ぎる。


 彼の纏った『氷の仮面』さえも、彼自身が流した涙によって溶かされる。ステラが悪魔に願ったわけでもないのに。


(――いや? 間接的には願ったのかな?)


 ゲームの中のステラの想いはわからないから、何とも言えないけれど。


 この現実のシアンも、『呪い』や『凍らせた心』によって不憫な想いをしていた。本当に気の毒だ。


 ふと視線を感じ、顔を上げるとシアンが私の方を怪訝な顔をしたまま、見つめていた。

 “可哀想に”という顔をしていたのかもしれない。シアンが気の毒過ぎて、つい同情してしまった。


(悪役はツライよね? わかるよ? ――だって、私も悪役だからね。考えてみたら全ルート『処刑』なんて酷すぎる。なんてゲームだ!)


 ただ。この世界は『ゲーム』などではない。現実の世界だ。私たちは実際に生きている。

 息をして、動いて、生活をして、感じて、想って。触れれば、温かいし、想い悩めば、苦しくなる。


 『ゲーム』のように決まった答えや想いがあるわけではない。その背景で知らなかったこと、その人の実際の考えや感情がある。だから、そこに至る答えや結果も当然、変化するのだ。


 前の世界で、私が煩わしく思っていたもの。そのものなのだ。この世界に来ていなければ、きっと、知ることはなかった。すべてを諦めて、投げ出していたあの世界の私だったら。今頃、あの時のアリサと同じ『闇』を纏っていただろう。


「ステラ。何を考えている?」


 怪訝な顔をしたままのシアンが問い掛ける。


「私の考えなど、手に取るようにわかるのでは?」


 にっこりと微笑むと、シアンはジトリと睨んだ。『感謝してる』なんて、面と向かって言えない。


 この世界で私を生かしてくれているのは、他でもない、シアンとヴェガ兄さまの存在だ。二人がいなければ、私はとっくに生きることを諦めていたかもしれない。

 私はこの世界で、出会う人に恵まれた。愛してくれる人の存在は本当に大きい。そして、それを惜しげもなく、堂々と伝えてくれることが、こんなにも心の支えになるのだと、知った。


(私も……これから、伝えていくことが出来るのだろうか。照れずに、堂々と、彼らのように惜しげもなく。この想いのすべてを――)



「ありがとう、シアン」



 横に座る、愛しい人に笑いかける。強張っていた顔は、みるみる呆けた顔に変わる。

 その表情の変化に、思わず『くすっ』と笑うと、彼は瞬時に顔を引き締めた。


「……何だ? 急に」

「いつも思ってたの。でも言えていなかったから」


 そう言うと、シアンは驚いたように目を開いた。コロコロと変わるシアンの表情に、やっと心から『良かった』と思えるようになっていた。

 例え、彼の『特別』になれなくても。彼の近くで彼の笑顔を見ていられれば、それでいい。


 私の命が尽きる、その日まで。




 藍色の馬車が速度を落とす。ゆっくりと停止し、外側からガチャリと扉が開く。


 端麗な容姿に濃紺の髪、サファイアのような瞳の令息と、その彼がさも当たり前のように手を引く、見目麗しい姿にさらりと舞うイエローゴールドの髪、エメラルドのような輝くグリーンの瞳を瞬かせている令嬢。


 まるで絵画から飛び出したかような光景に、誰もが振り返り、息を呑む。


「おはようございます。シアン様」


 その光景に、さらに美しい令嬢、令息が加わる。

 表向きは侯爵令嬢であり、普段なら嫌がる呼び方も実際には隣国の王女であるため文句は言えない。


「おはようございます。アルキオネ侯爵令嬢」


 先程の顔面七変化からは考えられないほどの凍てついた表情と声色に、ステラは唇を真横に引いた。


 にこにこと笑顔でシアンに話しかける令嬢には、隣にいるステラの存在など目に入っていない。彼女の半歩後ろに控えていた令息二人が、ステラに話しかける。


「おはようございます。アステリア公爵令嬢」

「おはようございます」


 互いに、にっこりと微笑み合う。ベイドが、そのまま話を続けた。


「どうぞ『ベイド』と、お呼びください。そして、よろしければ、ステラ様とお呼びすることをお許しいただけますか?」

「ええ。構いませんわ。ベイド様」

「ありがとうございます。ステラ様」


 ベイドは恭しく胸に手を当てて、お辞儀した。


「昨夜は、あまリお話しする機会がございませんでしたので、ランチをご一緒にいかがでしょう?」


 ベイドの隣のレサトが表情を変えずに誘う。何か義務的な誘い方に、ステラは少し首を傾けた。


「是非! シアン様もご一緒に!」


 レサトの誘いに被せるようにリイナがシアンの腕を引きながら、返事を促す。シアンは取られたその腕をさり気なく引き、ステラの様子を伺う。


『ステラが行くなら行くが』


 耳元で囁かれたステラは、顔を引きつらせた。


(私に、返事を委ねないでよ!!)


 心の声は大きく吐き出された息の中に消えた。


「せっかくお誘いいただいたのだもの。ご一緒させていただきましょう?」


(隣国の王族の誘いを断れるわけないじゃない!)


「嬉しい!! 楽しみにしておりますね!」


 ふふっと可愛らしく笑うリイナに、ステラは嫌な予感しかしなかった。








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