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103.彼女と幻影

 

 ◆◇◆◇



『っ!! ――ステラ!!』



(――俺は何故、彼女を?)


 闇に覆われた『世界』でズキズキと痛む頭を抱えながら、眠れぬ夜に半ば強制的に終止符を打つ。


 星の光ひとつ、輝かなくなったこの『世界』。その世界を暗闇に変えたのは、自分自身だ。


(――そうだ。()()()()である俺自身)


 そして、『彼女』を処刑したのも、俺自身だ。

 公爵令嬢 ステラ・アステリア――悪魔と契約した『魔女』。


 彼女が悪魔と契約した理由。

 誰一人、気にかける者などいなかった。幼馴染みであったはずの、自分さえも。


(何故、もっと、彼女の言葉に耳を傾けなかったのだろう? 何故、もっと、彼女自身を知ろうとしなかったのだろう?)


 誰もがその『結果』だけを見た。今さら何を言っても、もう遅い。


 自身の手で『溺死刑』を執行した。幼馴染みが、少しでも苦しまぬように。他の者に委ねる気など、毛頭なかった。



『ありがとう、シアン』



 彼女は最期に笑った。

 表情を一切変えない、凍り付いた心を持ち、『冷色の貴公子』などと呼ばれている自分が顔色を変えたことに周囲が気付く。徐々にぼやける視界と、凍り付いた仮面を溶かすように流れる温かい雫に、ただ理由を探していた。



 その日を境に、眠れる日は来なくなった。




 ◆◇◆◇




「おはようごさいます。……今日もいらしたの?」


 優雅に玄関前の大階段から降りてくる可憐な令嬢に下がっていた口の両端が上がっていく。


「当たり前だろう? ()()()()()()()()だからな」


 令嬢は眉をひそめる。

 その背後から『ははっ』と笑う声が聞こえ、令嬢はその声の主に肩を抱かれた。ひそめた眉が、瞬時に伸ばされる。その事実に今度はその令息が眉間に皺を寄せた。


「やぁ、シアン。おはよう」


 令嬢の肩を抱いたまま、大階段を降りてくる彼女の兄に、令息は不機嫌な顔を隠さずに口を開く。


「ヴェガード。ここからは俺がエスコートする」


 階段を数段上がり、その令嬢の手を引く。彼女の驚いた顔が見る間に紅潮していく。その様子に兄がピクリと眉を上げた。


 彼女の心の中に小波を立てるのは、自分ではなく彼だ、と。自分が彼女に与えられるのは凪だけだ。

 わかってはいるがそれを目の前で突き付けられると正直、堪える。彼を煽ったのもまた、自分であるのだが。


「頼んだよ、シアン」


 ヴェガードはシアンに妹を託し微笑んだ。ステラは振り返ると、兄に満面の笑みを向ける。


「では兄さま、行ってまいります」

「気をつけてね」

「はい!」


 兄妹は微笑み合い、妹は兄に背を向け、彼に手を引かれ、出ていく。屋敷の扉がバタリと重厚な音を立てて閉まると、兄も扉に背を向けた。


(――ステラが幸せなら、それでいい)


 僅かに口端を上げると、静かに結び直す。


「さてと。僕も仕事に行かないとね」


 誰にも聞こえない独り言は、廊下の奥、暗闇の中に吸い込まれていった。




 ヴェガードがそれを聞いたのは三日前だった。


 西の隣国アンドロス。

 内乱勃発のため、第二王女を、彼女の専属騎士である侯爵家次男の妹として我が国で受け入れ、保護することになったと通達を受けた。


 昨夜、行われた王家主催の夜会に、万全の警備を敷くため、公爵家嫡男たちは皆、不眠不休だった。

 だから、見たのだ。――あんな幻覚を。



『ルフィーナ』



 彼女を見た瞬間、思わず口から漏れていた。


(そんな馬鹿な。彼女は、死んだ)


 あの日。――幼い自分の腕の中で。

 記憶の中の少女は5歳のまま。目の前の御令嬢は15歳である。


 青みががった銀色の髪に、アクアマリンのような瞳。彼女が年を重ねていたら、きっと、なっていたであろう姿。


 ヴェガードは息を呑んだ。口の中が急速に乾いていくのを感じていた。


 彼女は微笑み『リイナ・アルキオネ』と名乗る。隣国アンドロスの第二王女フレア、その人である。


『アステリア家、ヴェガードと申します』


 彼女から目が離せなかった。彼女と同じ色の瞳に自身が映っている。


『ヴェガード様。どうぞ宜しくお願いいたします』


 優雅に微笑む彼女の手を取り、その甲に口付る。彼女は一瞬、驚いた顔をしたが、慣れたように口角を上げて笑みを浮かべた。

 彼女は王女。敬愛の口づけなど受け慣れている。自分のそれも数あるその中の一つにすぎない。


 彼女によく似た彼女に出会って――ヴェガードは気付いてしまった。

 自分がザニアとは違うのだ、と。


 彼ほど大きな心を、想いを、持てないと。彼には敵わない。自分にとっての唯一だ。

 だからこそ大切な妹の魂を託すことが出来た。


(――決定的だな)


 今回、思い知った。自分の器の小ささを。

 自分には出来ない。


 僕にとって、彼女は彼女ではない。自分には魂の方が大切なのだ、と。シアンが言っていた意味を、今さらながら理解した。


『ヴェガードには複雑かもしれないのだが……俺はステラのことが大事なのではないと、思い知った』 


 あの時の彼の想いが、今ならよくわかる。 


『大切なのは「ステラの身体か、その中の魂か」と。考えるまでもなかった。俺は――セイラのことを愛している。今はステラの身体にいるが、それが例え違う身体にいたとしても必ず見つけ出したい』


 僕もシアンと同じだ。

 例え姿が『彼女』だったとしても、魂が『彼女』でなかったら、意味がないのだ。




 僕はアステリア家の跡継ぎとしては不適合者だ。

 シアンにアステリアに婿入りしてもらい、子どもを僕の跡継ぎにしてもらわなければならない。


 彼自身もプレアデス家の跡継ぎとしては不適合者に近い。《防御》の家の実力としては十分過ぎるが、彼は騎士団には入らないだろう。どちらかといえばアステリア家の宮廷法官の方が合っている。


 仕事に向かうために乗った星型の家紋の馬車が、少しずつゆっくりと速度を落とし、そして停まる。

 そんな事を考えているうちに城に着いたようだ。


 従者に開けられた扉から、ゆっくりと降りる。


「ありがとう」


 従者は、『いえ』と微笑み、頭を深く下げた。


 ヴェガードは空を見上げた。

 どこまでも果てしなく続いていく青空に大きく息を吸い込んだ。ふわり、と身体の周りに風が纏う。最近、少し伸びた襟足が靡く。



(――僕の『想い』は、いつも報われないな)



 ルフィーナ。そして、セイラ。

 いつか。

 彼女たちを超える『想い』が、溢れるだろうか。

 胸の奥をぎゅうと締め付ける想いに目を閉じる。



「僕は青空より星空の方が好きだけど」



 思わず呟いた声は雲一つない透明な青空の彼方へ吸い込まれて消えていった。







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