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101.悪魔の忠告

 


 コツ……コツ……コツ……


 薄暗い廊下に、足音だけが響く。


 キィ……


 スラリと伸びた手で、ゆっくりと扉を開けた。


 整ったシルエットをしたその青年は、その部屋にあるソファに静かに腰を降ろす。


 明かりを点けずにいる薄暗いその部屋は月明かりだけが白いレースのカーテンから漏れている。


 彼はゆっくりと目を閉じ、今日一日を振り返る。




 長年の習慣とは恐ろしいものだ。

 必要がなくなった今も、こうして、ここにいる。そして、この空間が何故か一番落ち着くのだ。


 記憶を記録する必要がなくなっても、これだけは止められない。このお陰で、学園に入った頃からのステラの様子をいつでも観返すことが出来るのだ。

 ある意味、この習慣に感謝だ。


 慣れた手つきでポケットから記録玉を取り出すと今日の出来事を念写する。手のひらに収まったそれをポケットにしまい、静かに目を閉じた。




 窓を開けていないはずのその部屋に突然、ぶわりと大きな風が渦を巻く。月明かりが漏れる窓際に、この世のものとは思えないほど美しく妖艶な笑みを浮かべた青年が姿を現した。


『お前、気が付いているか? 闇に取り込まれそうになっているぞ』


 美しく妖艶な青年は、さらに口角を吊り上げた。シアンは黙ったまま視線をその青年に向ける。


「悪魔が忠告か?」


 悪魔と呼ばれた青年は口角を下げ、その美しい顔を不満げに豹変させた。


『したくてしている訳ではない』

「まぁ、そうだろうな」


 シアンがフッと笑う。その様子に悪魔がピクリと片眉を上げた。


『皮肉なものだ。「呪い」が解けたというのに。そのせいで苦しんでいるとは』


 シアンは悪魔ベリアルをギロリと睨む。その反応を楽しむように悪魔は微笑んだ。


『そして、自ら闇へと堕ちようとしている。何とも滑稽だな』

「黙れ」

『こんなに面白い事はない。この状況に黙ってなどいられるか』


 悪魔は一層、口角を上げる。シアンは大きく息を吐いた。


『ステラとの契約で、お前を救わねばならないのが残念でならない』


 シアンは、ハッと顔を上げた。


『ひとつ、いいことを教えてやろう。悪魔の契約は“口づけ”により完了する』

「……何が言いたい?」

()()()()()()()()、ということだ』


 シアンは目を見開いた。悪魔は満足げに笑う。


「――俺が闇に堕ちそうになったら、悪魔が浄化に来てくれるのだな?」


 シアンは嫉妬で昂る気持ちを何とか落ち着けて、悪魔に言うと、悪魔は不満そうに眉をひそめた。


「今のように」


 そんな悪魔に、シアンは不敵に笑った。


「それなら、俺は何も気にする必要などないな」


 吹っ切れたように言った。

 悪魔ベリアルは、わざと煽るようなことを言ってシアンの闇を浄化した。悪魔による浄化の仕方だ。一度、絶望に陥れる。そして、救い上げるのだ。


『ふん。そこまで堕ちてはいなかったか』

「堕ちかけたが」


 シアンは片方の口角を上げた。


「ステラに、確認しなければならないことが出来たからな」


 真顔に戻ると、悪魔を睨みつけた。

 悪魔はふわりと浮かび上がると、風を纏い、暗闇に消えていった。



 ◇◇◇◇



 翌朝。

 アステリア家の前には、鳩を象った紋章の馬車が停まっていた。


「迎えに来た。学園でなければ、避ける必要もないだろう?」


 目を見開いて驚くステラに、シアンは言った。


「確認したいことがある」

「なっ、何よ?」

「ベリアルはどこに口づけをした?」

「はぁ? 急に……何の話?」


 ステラは怪訝な顔をする。それに構わず、シアンは続けた。


「ベリアルと契約した時にした口づけだ」

「えっ、えぇ?」


 ステラが半歩、後ずさり、シアンが、ずぃと一歩近づく。


「言え。どこだ?」

「なっ……! 何でよ?」

「気になるからだ。まさか唇ではないだろうな?」

「ち、違うわよ! ……手の甲よ」

「どちらだ?」

「は?」

「右と左、どちらだ?」


 ステラは無意識に手のひらを広げて見比べると、首を傾げながら言った。


「確か……左、だった……と、思うわ」

「手を貸せ」

「へ?」

「左手を貸せ」


 慌てて左手を後ろに隠そうとすると、素早くその左腕を掴まれる。そして、その手を手首までずらすと、その甲に唇を付けた。


「ひっ!」


 ステラが咄嗟に上げた声に、シアンは一瞬、目を丸くすると、次の瞬間、プハッと笑った。


 その笑顔に釘付けになった。

 それを見たのは三回目だったが、ステラには半端ない破壊力を発揮していた。彼女の顔が、みるみる赤く染まっていく。


 その反応にシアンは満足げに笑う。ステラは大きく息を吸い込み、頬を膨らませた。


「だから! それはダメだって言ってるでしょ!」


 口元を手のひらで覆い、笑いを堪える。ステラは取られた左手首を振り解こうとするが、びくともしない。それどころか掴まれたまま、馬車へと引かれていく。

 シアンは手をガッチリと繋ぎ直し、ステラをいつものような対面ではなく、自身の隣に座らせた。


「あの顔を他でしてほしくないなら、側で見張っていることだな」


 シアンは『ふん』と短く息を吐いた。ステラは『むぅ』と口を結ぶ。


「……ずるい」


 ステラの呟きに、シアンは首を傾げる。


「何がだ?」


 俯いたステラがそのまま少し視線を上げ、シアンを見上げる。その瞳が合うとドキリと胸が高鳴る。


(なるほど――これが、庇護欲という感覚か)


 自身のまた新しい感情に高揚した。ステラは瞳を合わせたまま悔しそうに言った。


「側で見張れなんて、ずるい」

「何故?」

「だって……」


 ステラは大きく息を吸い込むと、一気に話す。


「シアンが他の人にそんな顔しているのを見たら、絶対、『呪い』が発動しちゃうじゃない!」


 あまりの勢いにシアンは呆気に取られた。


「見なければ、『呪い』が発動することはないのだから……見ないほうがいいのよ!」

「ならば、ステラが見ていないところでなら、俺があの顔をしていても良いと?」

「うぅ……それは、いや……」


 『ぷっ』と吹き出したシアンが口元を覆う。


「だから、見張れ」

「でも――」

「呪いが発動しても、俺が側にいれば、すぐに浄化できるだろう?」

「そうだけど……」

「むしろ、いないところで呪いが発動してしまう方が問題だ。この前のようになりかねない」


 ステラは何も言えず、ググッと口を引き締めた。




 学園に着くと、手を繋いだまま馬車を降りる二人に視線が集中する。ステラには何とも居心地悪い。

 それに比べ、隣のシアンは満足そうな表情を浮かべている。そんなシアンを軽く睨むと、エスコートされるまま、クラスへと向かった。


 二人を複雑な想いで見ている者たちがいるのにも――気が付かずに。






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