10. 王子の登場
翌朝、屋敷の前に一台の馬車が停まっていた。鳩を象ったプレアデス家の紋章が描かれている。その中から濃紺の髪、サファイアのような瞳の公爵令息シアン・プレアデスが出てくる。
アステリア家の従僕が出迎え、案内する。
「やぁ、シアン。昨日はありがとう」
屋敷に入ってきたシアンにヴェガードは爽やかな笑顔で出迎えた。シアンは無表情のまま、一つ頷くと静かに辺りを見回した。
「ステラは?」
「ああ。もうすぐ来るよ」
「もう体調は良いのか?」
「うん。問題ないよ」
「そうか」
「心配してくれたんだね。ありがとう」
「?」
シアンはヴェガードの言っている意味が分からず首を傾げた。その様子にヴェガードは苦笑いする。
「まさか、気が付いていないの? うーん。ステラもステラだけど、シアンもシアンだね」
ヴェガードがクスリと笑うと、シアンは怪訝な顔をした。
「……おはようございます」
「ステラ。シアンが迎えに来てくれたよ」
「「……」」
お互いに無言で無表情な対面にヴェガードがフッと吹き出す。二人からの視線を受けると一つ咳払いをし、二人を追い立てるように手を払う。
「ほら遅れるよ! 二人ともいってらっしゃい!」
ヴェガードはひらひらと手を振って、見送った。
しばらく無言の馬車の中。不意に視線を感じて、そちらを向くとステラと目が合った。彼女は気まずそうにうつむきながら口を開く。
「昨日は、ありがとうございました」
「いや、構わない。それより、もう大丈夫か?」
「ええ。ちょっと混乱しただけですわ」
「何に?」
「えっ。ええっと……」
視線を彷徨わせ、またうつむいた。
「この前の話に関係しているか?」
そう問いかけると、彼女は無言で頷いた。
「まだ話せないか?」
ステラを見つめると彼女も顔を上げ、視線を合わせた。そして、何かを決意したように言った。
「学園が終わった後、屋敷にお招きしても?」
「ああ、構わない」
話がついたところで、ちょうどよく学園に着く。ステラをエスコートして出ると、周りからの視線を浴びた。ステラもそれに気が付いたのか、無表情で視線を落とした。
「ステラ。具合はどうかな?」
「エラトス殿下……もう、大丈夫ですわ」
まるで待っていたかのように第二王子が話しかけてきた。エラトスはチラリと横にいるシアンに目をやる。
「シアン。私の婚約者が世話になったね」
「別に、世話などしておりません」
「そうか。では何故、一緒の馬車に?」
「殿下が迎えに行かなかったからではないでしょうか?」
表情一つ変えずに、第二王子に対応するシアンの姿は『悪役令息』そのものだった。
シアンはエラトスに小さく礼をすると、その場を去っていった。
シアンの背中に冷たい視線を向けていたエラトスはステラに向き直ると、柔らかな笑顔を浮かべた。
「心配したんだよ? ステラ」
「……ありがとうございます」
エスコートのために差し出された殿下の腕を取ろうと手を伸ばした瞬間、口が勝手に動く。
「所詮、婚約者としての義務でございましょう?」
エラトスが目を見開く。
そこには第二王子に冷たい視線を向けるステラの姿があった。悪役令嬢ステラ・アステリアの姿が。