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さらしな日記  作者: ふじまる
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第27章

菅原孝標女『更級日記』を基に、家族、理想と現実、人生でいちばん大切なものをテーマにした作品です

 資通さまは春と秋の優劣論争をいったん中断して、冬の思い出話をしみじみと語り始めた。

「冬の夜の月は昔からがっかりする物の代表とされておりますし、実際に寒いのでことさら眺めようという気持ちにはならないのですけれど、以前、勅使として伊勢神宮へ下向した際、役目を終えて明け方近くに帰京しようと思いましたところ、降り積もった雪に月がとても明るく映え、その冷たい明るさが逆に旅の心細さを刺激したものですから、わたしは些か憂鬱な気分で斎宮御所へ帰京の挨拶をしに参ったのであります」

 伊勢神宮? 確か天照大神さまがいらっしゃる所だわ。

「斎宮御所は神聖な場所ですので最初はひどく緊張しましたけど、円融院の御世からお仕えしているらしい実に神々しく古風な雰囲気の老女が対応してくださり、ご親切にも時間を割いて貴重な昔話をたくさん聞かせてくださいました。そのお礼にこちらも拙い琵琶の演奏をご披露したのですけれど、その時の空間がこの世のものとは思えないほど幻想的で美しかったので、わたしは夜が明けるのを惜しみ、都の事などすっかり忘れてしまったほどでした」

 え? それって《博士の命婦》さまじゃないの? 《博士の命婦》さまが伊勢神宮にもいらっしゃったのかしら? すると宮中の内侍所で会ったのは、やはり・・・

「それからというもの、雪の降り積もる冬の夜の魅力に目覚めたわたしは、雪が降ると火桶などを抱えてでも必ず縁側へ出て外の景色を眺めずにはいられません。このように強い感動を受けると、その時の空や月や花の景色が深く心に染み入る事があるのです」

 ということは資通さまは春や秋よりも冬がお好きなのね。

「春と秋、どちらが魅力的か? これは唐の国でも昔から論争されていますけど、まだ決着がついておりません。ただお二人がそれぞれ春と秋を評価なさるという事は、必ずやそのきっかけとなった感動的な体験があったはずです。わたしはその体験の方に興味があります」

 いや、それほど御大層な経験は無いんですけど・・・ただノリで答えただけなんですけど・・・

「いずれにせよ、あなた方お二人と語り合った今宵以降、暗い闇夜に時雨のぱらつく風景は、わたしの心に染みついて忘れられないものとなることでしょう。それは雪の斎宮御所での感動に勝るとも劣らない深い感動でしたから」

 そう言い残すと資通さまは颯爽と去って行った。

(カッコ良いわぁ)

 わたしと和子はまるでお酒に酔ったかのようにボーッと赤く上気した顔で資通さまの後ろ姿を見送った。結局、わたしは資通さまに自分の名前を明かさなかった。それで良かったのだと思う。所詮、わたしと資通さまでは身分が違うし、それに何よりもわたしは人妻。いくら恋い焦がれても資通さまとは結ばれる事の無い運命だった。しかしながら、実生活で資通さまと結ばれる事は無いかもしれないけれど、資通さまとの出会いは決してわたしにとって無駄では無かった。というのも、資通さまとの出会いが物語を創作するための栄養を注入してくれたからである。わたしはすっかり夢見る少女に逆戻りし、頭の中を様々な筋立てや台詞が元気よく駆け回るようになった。

(書きたい。物語を書きたい)

 久しぶりに筆を取り、物語を書き始めた。これが後の『自ら悔ゆる物語』・・・すなわち、主人公である源左大臣は身分の低い女と恋に落ちるが、しょせん二人は結ばれぬ仲。やがて左大臣は高貴な家の姫君と結婚し、失意の女は宮中で働き始める。ところが、その宮中において、生まれ持った才気により女が帝に気に入られ、その寵愛を受けるようになる。すっかり立場が逆転した左大臣は、女を捨てた自分を激しく後悔する事になる・・・という当時のわたしの願望が多分に反映された、自分勝手な妄想の生み出した物語である。

『自ら悔ゆる物語』を毎日少しずつ書いていった。無心に書いているその時間だけは、資通さまと繋がっているような気がして心が充実していた。そんなある日、部屋に入って来た国子がニコニコしながらわたしの顔を覗き込んで「母さま、最近うれしそうね。何か良い事でもあったの?」と言った。

「別に何も無いわよ」

 わたしはとぼけてそう答えた。

「嘘よ。母さまは喜怒哀楽がすぐ表情に出るもの」

「わたしは常に平常心を心がけておりますけど」

「それは恋をしている顔ね」

 まだほんの子供だと思っていた国子が、まさかそんな言葉を口にするとは予想もしていなかったので、不意を突かれて狼狽したわたしは思わず大声を上げた。

「何をバカな事を」

 すると国子はさも愉快そうに体をねじって笑いだした。

「ほら、図星だ。母さまって本当に分かりやすい人ね」

 国子はケラケラと笑い続けた。わたしの方はと言うと、全身から冷汗を噴き出し、ムッとしていた。母親としての面目は丸潰れだった。

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