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さらしな日記  作者: ふじまる
23/35

第23章

菅原孝標女『更級日記』を基に、家族、理想と現実、人生でいちばん大切なものをテーマにした作品です

『朝倉物語』と『浜松中納言物語』の作者だという事実が知れ渡ると、同僚たちのわたしを見る目つきが変わった。わたしは皆から一目置かれる存在になった。それと同時に内親王家における待遇も目に見えて良くなった。わたしは宮仕えに出るのが楽しくて仕方なかった。

 そんなある日、いつものように内親王家へ出掛けようとしたところ、突然お父さんが物陰からヌッと現れ、いつの間に作ったのか家のいちばん奥に新設された座敷牢にわたしを無理やり閉じ込めた。

「これは一体どういう事なの? お父さん」

 怒りで声を震わせながらそう尋ねると、お父さんは平然とした顔で

「もう内親王家へは行かなくて良いのじゃよ、良子。先方にはわしから丁寧な辞職願を出しておいたからな」

 と答えた。その横には、いつの間に来たのか、お母さんが立っていた。そうか、これはお父さんとお母さんが二人で仕組んだ策略なのだ、わたしに宮仕えを辞めさせるための。

「座敷牢に閉じ込めてわたしをどうするつもりなのよ?」

「式の日までおまえにはここでおとなしくしていてもらおうと思うてな。もし逃げだされでもしたら、菅原家の面目が丸潰れなのでの」

「式って、何の式よ?」

「決まっているじゃないか。良子、おまえの結婚式じゃよ」

「はい?」

「あれ、良子は結婚という言葉を知らなかったのかな? 結婚とはね、男と女が夫婦となる、とてもめでたい儀式なのじゃよ」

「知ってるわよ、それくらい!」

 宮仕えを辞めさせる方法は結婚しかないと考えたお父さんは、わたしの知らないところで密かに結婚話をまとめていたのである。

「ここにはおまえの部屋にあった本やら紙やら筆やらをぜんぶ持って来てあるからね。今日から式の日までゆっくりと読書を楽しみ、面白い物語を書いて過ごしなさいね」

「あら、良かったわね、良子ちゃん。大好きな趣味に専念できて」

 そう言って立ち去ろうとしたお父さんとお母さんに向かって、

「わたしはまだ結婚なんか真っ平よ」

 と言うと、お父さんが急に厳しい眼つきになってこう訊いた。

「良子、おまえは今年いくつになるのじゃ?」

 わたしはウッと言葉に詰まった。

「もう三十三歳じゃないか。おまえは女が何歳まで子供を産めるのか分かっておるのか? おまえの残り時間は、もはや多くないのじゃぞ。女の幸せは結婚して子供を産むことだ。わしらはおまえにそういう人並みの幸せを味わってもらいたいのじゃ。ただそれだけなのじゃ、わしと母さんの願いは。頭脳明晰な良子には理解出来るじゃろう? わしらの親心が」

 そりゃあいつかわたしにも結婚する日が来るだろうとは思っていた。しかしながら、それはまだ遠い未来の話だと思っていた。でも、冷静に考えてみれば、今がその未来なのだ。お父さんの言う通り、今を逃したら年齢的にわたしは子供が産めなくなってしまう。そうなったら結婚しても妻の役目を果たせない。女として生まれたからには子供を産んでみたいという気持ちは確かにある。やはり今が最後の機会なのか? どうあっても結婚しなければならないのか?

「それで・・・相手は誰なのよ?」

 仏頂面でそう尋ねると、お父さんはハタと額を叩いてこう答えた。

「おや、ついうっかり言うのを忘れておったわ。すまん、すまん。相手は橘俊通たちばなのとしみちという中流貴族でな、一年半前に妻と死別した三十九歳のやもめじゃ。亡くなった妻との間に何人か子供もおる。つまり相手は再婚じゃが、良子の年齢を考えれば贅沢は言えん。それに良子は子育てに慣れておるしな。わしは俊通を昔からよく知っておるが、人間的にはとても良い奴じゃぞ。それだけはお父さんが保証する。だから安心して嫁に行きなさいね」

 親が決めた結婚を断れるはずがなく、わたしは嫁入りするより他になかった。それにしても三十歳を過ぎたわたしではしょうがないのかもしれないけど、結婚相手は再婚かい? しかも子持ちの。こちらはバリバリの初婚なのに。三十九歳だって? 定義お兄ちゃんと同い年か? 長年わたしが思い描いていた理想の結婚はどこへ行っちゃったのよ? わたしの夢は? そう思うと悲しくて泣けてきた。現実はいつもわたしを押し潰す。一生夢の中で暮らすわけにはいかないのか? 

 現実に対するわたしの絶望感は、結婚相手である橘俊通本人を実際に見た時に頂点に達した。それは光源氏や薫大将とは似ても似つかぬ、小太りの、ちっとも美しくない、くたびれた中年男だった。礼儀正しく、穏やかで、常に笑顔を絶やさないので、お父さんの言う通り人間的には良い人なのかもしれない。だが、それにしても、あまりにもわたしの理想とかけ離れていた。これなら経康と結ばれていた方が遥かにマシだった。わたしにとって結婚は絶望でしかなかった。

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