第22章
菅原孝標女『更級日記』を基に、家族、理想と現実、人生でいちばん大切なものをテーマにした作品です
わたしの書いた『朝倉物語』がどう言われるのか? 褒められるのか? 貶されるのか? 不安な気持ちでドキドキしていると、次の瞬間、和子の表情が綻び
「キャー、感激! わたし『朝倉物語』が大好きなんです」
そう歓声を上げた。とりあえずはホッとした。
「とても面白い物語ですよね、主人公の女性が生き生きと描かれていて。またそれを描く文章がすごく巧みで美しくて」
『朝倉物語』を読んでくれたというだけでも嬉しいのに、こうベタ褒めされて悪い気がするはずが無く、わたしはすぐに和子と仲良くなった。和子は年齢の割によく勉強していて、『源氏物語』もすでに読んでいた。わたしと和子は暇さえあれば『源氏物語』の素晴らしさを語り合った。和子は『源氏物語』の登場人物の中では、見目麗しく女性の扱いにも手慣れている光源氏がお好みだった。それに対してわたしはといえば、これは昔からずっとそうなのだけど、女性に対してウブで奥手な薫大将が好みだった。夢中になって二人でそんな話をしていると、和子が瞳を輝かせながら
「ぜひ次は薫大将みたいなウブな男性を主人公にした物語を書いてくださいよ。良子さんならきっとそれが出来ますよ。紫式部の後を継ぐのは良子さんしかいませんよ」
さかんにそうおだてるものだから、ついつい「実は・・・」という感じで書き貯めてあった『浜松中納言物語』の話をした。すると和子が目を丸くして尋ねた。
「え? も、もう完成しているんですか、それは?」
「いえ、まだ最終完成というわけではなくて、細かい部分をちょこちょこ修正しなければならないのだけど、一応は最後まで書いたわ」
「すごい。すごいですわ、良子さん。ぜひわたしにも読ませてください」
「いや、そんなたいした作品ではないから・・・」
「良子さんの書いた物語がたいしたことないわけないじゃありませんか」
「まぁ、物語としての面白さは充分あると思うけど、どうしても『源氏物語』のような気品と格調が出せないのよねえ、わたしには・・・そこがちょっとねぇ、和子ちゃん・・・」
「そんなのどうでも良いですから読ませてくださいよ、わたしに。お願いだから、ね、良子さん」
和子の熱意に負け、『浜松中納言物語』の原稿を和子に貸してあげた。和子は大喜びでさっそく読み始めた。筆まめな和子は、原稿を読みながら筆写して副本を作り、それをまた同僚たちに貸し出したものだから、『浜松中納言物語』は少しずつ世間に広まっていった。何やかんや言っても自分の書いた作品が人に読まれるのは嬉しいものである。殊にそれが称賛されるとなると。お陰様で『浜松中納言物語』は読者からおおむね好評で迎え入れられた。和子も絶賛してくれた。素直にそれは嬉しかった。
ところで、一つ疑問に思う事がある。『源氏物語』のような優れた作品がすでに存在するのに、それよりも劣るわたしの『浜松中納言物語』が歓迎されるのはなぜだろう? 『浜松中納言物語』のどこに存在価値があるのだろう?・・・思うに、その理由は同時代性ではないかと思う。『源氏物語』は前の時代の人間が書いた物語である。それに反して『浜松中納言物語』は、いくら『源氏物語』より出来が劣るとはいえ、少なくとも現在の読者と同じ時代を生きているわたしが書いた物語である。人は自分たちと同じ時代を生きている人間の書いた作品を読みたいのである、たとえそれが劣った質のものであっても。そこから時代の風というか、現在なりの問題を感じ取ろうとするのである。そうであるならば、同時代性のある作品を提供できるという点において、わたしのような才能の劣る作者にも存在価値があり、書く意義があるだろう・・・そう信じてわたしは書いた。
和子と出会ったお陰で再びわたしの中で創作意欲が湧き上がってきた。次はどういう物語を書こうか? あれこれ構想を練っていると、またしても夢の中に坊主が現れて説教を垂れるのである。
「あんたは前世で清水寺の僧侶だったのだよ。しかも仏像をたくさん作った偉大な仏師だったのだよ。それなのに今のような生活態度で良いと思っているの? 」
偉大な高僧でさえも自分の前世を夢に見るのは難しいという話なのに、わたしの場合は随分あっさりと教えてくれるのね。
「礼堂の東にある丈六の仏像はあんたが作ったんだよ。あんたは前世であの仏像に金箔を貼り付けている最中に亡くなったのだ」
ふーん、それなら金箔貼りの続きをやりましょうか?
「いや、それはもう他の人がやってくれたから大丈夫だ」
あ、そっスか。
「とにかく文学ばかりに現を抜かしておらずに、前世と同じように仏道にも励まなければいかんぞ。そうしないと将来かならず不幸になるぞ」
うぃっす。出来る限り努力します。
夢の中では一応そう答えておいて、小うるさいクソ坊主を追い払ったものの、もちろん仏道に励む気などさらさら無く、頭の中は新作の構想でいっぱいだった。