表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
さらしな日記  作者: ふじまる
19/35

第19章

菅原孝標女『更級日記』を基に、家族、理想と現実、人生でいちばん大切なものをテーマにした作品です

 秋になって、お父さんから手紙が届いた。無事に旅を終え、向うでの仕事も順調に始まった様子なので一安心した。

 手紙にはこうも書いてあった。新たな国司が着任した際の慣例で、お父さんが常陸の国じゅうの神社を一軒一軒参拝して回っていたところ、その途中にきれいな小川が流れる広々とした野原と、静かな森が横たわる、とても美しい場所があった。いや、これは実に素晴らしい所だな、この見事な景色を良子に見せてあげられなくて残念だ、良子が見たらきっと感動して喜ぶだろうにな、そう思ったお父さんがお付きの人にその場所の名前を尋ねると《子忍びの森》という答えが返って来た。その名前を聞いてお父さんはすっかり感傷的になっちゃったのね。都に残してきたわたしたち家族を恋しがる気持ちを抑えきれなくなっちゃったのね。その場で馬を降りて二時間ばかりめそめそ泣いていたらしい・・・可哀想なお父さん。いじめられっぱなしのお父さん。わたしがそばに付いていてあげたい。お父さんほど真面目で、誠実で、責任感が強くて、心の優しい善人は他にいないのに、つらい思いばかりさせられるのは絶対におかしい。いつも思うことだけど、何かが間違っている。この間違いを正す方法はないの?

 年が明けた。お父さんに福をもたらす可能性があるものならとりあえず何でもやってみようと考えたわたしは、御利益があると評判の神社仏閣へ初詣に行こうとお母さんを誘った。ところが、うちにお母さんときたら、以前にもいちど書いたことがあるけれど、とにかく都から一歩も外へ出たくないという人であり、長谷寺へ行こうと誘えば

「奈良坂で盗賊たちに襲われたらどうすんのよ」

 と拒否し、次に石山寺を提案すれば

「途中の関山峠がまた物騒な所なのよね」

 と、これまた拒否。

 仕方ないので都の北にある鞍馬寺で我慢しようとしたら

「鞍馬寺? あんな薄気味の悪い山へなんか登れませんよ。どうしても行きたいと言うのなら、お父さんが帰ってきた後、お父さんに連れて行ってもらいなさい」

 結局、わたしたちはごくごく近場の清水寺へ初詣に出掛けることにした、面倒くさがるお母さんをようやく説得して。

 清水寺にお籠りしてお祈りしているうちに、いつしか眠ってしまったわたしは奇妙な夢を見た。青い衣を着た偉そうな坊主が現れ、不機嫌な顔でこう言ったのである。

「このまま仏道を疎かにしていると来世で極楽往生できないかもしれないのに、このバカ娘は文学にばかり現を抜かしおって」

 はぁ? バカ娘って、わたしの事? 余計なお世話なんですけど。不愉快な夢を見せられて清水寺に嫌気が差したわたしは、

「やっぱり初詣の本場は長谷寺よ。わたしを長谷寺へ連れていって」

 そう言ってお母さんをせっついた。都の外へ出る事を頑として拒否し続けるお母さんだったけれど、わたしのしつこさに根負けしたのか一つの妥協案を提示してきた。近所の僧に頼んで、自分たちの代理人として長谷寺へ初詣に行ってもらおうというのである。

(え? そんなのありなの?)

 初めはそう思ったけど世間ではわりとよく行われている事らしいし、これ以上の妥協案をお母さんから引きだすのは無理そうだったので、渋々この案を承諾した。今回の長谷寺行きの為に特別に鋳造させた一尺の鏡を担いで代理人となった僧は出かけて行った。僧は三日間、長谷寺にお籠りする。その間わたしは自宅で精進する。そして、この三日の間に僧が見た夢の中に、わたしの未来の姿が映し出されるという仕組なのだそうである。随分と都合の良い話に思えるのだけど・・・

 数日後、僧が戻って来た。さっそく結果を尋ねると、僧はニコニコしながら説明してくれた。興味津々でその報告を聞いた。

「最初の二日間はまったく夢を見ませんでした。それでこのまま夢を見ずに帰るのはまずいぞと焦りまして、最終日の昼間、それはもう一心不乱にお勤めを致し、その結果クタクタになって眠りましたところ、遂に最後の夜、夢を見る事に成功したのです」

「で、それはどういう夢だったの?」

「それがまた不思議な夢でして、身なりのきちんとした高貴な女性が現れましてね。もちろんたいへんな美人ですよ。そのお方が奉納した鏡を手に持ってこう質問するのです。『この鏡には願文が添えてありましたか?』と」

 あ、しまった。忘れてた。

「わたくしが『いいえ、添えられておりませんでした』とお答え致しますと『変ね、普通は願文を添えるものなのにね。まぁ良いわ、ところであなた、これを見て悲しくならない?』そうおっしゃって鏡をお見せになります。そこには女性が床に伏せて泣き崩れている姿が映っておりました」

 女性が床に伏せて泣き崩れている姿? 何じゃ、そりゃ?

「次にそのお方は『でも、こちらを見ると楽しい気分になるわね』そうおっしゃって再び鏡を見せてくださいました。そこには華やかな宮中での生活が映っておりました。青々とした御簾。几帳の下から垣間見える様々な着物の柄。庭には梅や桜が咲き乱れ、木の枝にとまったウグイスが鳴く・・・と、それはそれはとても美しい景色でしたよ」

 何それ? さっぱり意味が分からないんですけど!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ