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さらしな日記  作者: ふじまる
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第18章

菅原孝標女『更級日記』を基に、家族、理想と現実、人生でいちばん大切なものをテーマにした作品です

 精魂込めて書きあげた『朝倉物語』が完成すると、以前わたしに本をくださった事のある《衛門の命婦》さんにお願いして、宮中に流布してもらった。宮中を始めとする貴族社会では、同じように文学好きの連中が持ち込んでくるのだろうけど、実に多くの物語が出回っていた。そのほとんどは論じるにも値しない出来損ないか、そうじゃなかったら猥褻な作品ばかりだったので、正統派のまともな文章で書かれた女性の出世物語は評判を呼ぶのではないかと密かに期待するところがあったのだが、実際には何の反響を呼ぶことも無く、わたしの『朝倉物語』はその他大勢の作品の中に埋没してしまった。

(ま、こんなものよね、現実は)

 わたしは気を取り直して、中断していた『浜松中納言物語』の執筆を再開した。

 その頃、ようやくお父さんの任官が決まった。常陸の国の国司となったのである。わたしが二十五歳の時だった。

 長年の念願だった任官が決まったのは嬉しいけど、それにしても常陸の国とは・・・随分とまた遠い所へ追いやられるものだわね・・・上総の国へ赴任した時は、お父さんもまだ若かったから良かったけど、今はもう六十歳。そんなに無理は出来ない・・・お父さんの体が心配だ・・・

(お母さんが常陸の国へ行くわけがないし、順調に出世街道を歩んでいる最中の定義お兄ちゃんは都を離れるわけにはいかないし、そうなると残る子供であるわたしがお父さんに付き添って常陸の国の国へ行かなければならないわね)

 そう覚悟を決めていたわたしに、お父さんは単身で常陸の国へ行くと宣言した。

「だめよ。お父さんを一人で行かせるなんてわたしには出来ないわ。お父さんのことが心配だもの」

 そう言うと、お父さんは涙を流しながら

「おまえが常陸の国へ行ったら、恵子と国子の面倒は誰がみるのじゃ?」

 と言った。わたしは、恵子と国子の存在をうっかり失念していた。

「仕方ないから常陸の国へ一緒に連れて行くわよ」

「敦子が残してくれた大切な孫を常陸の国のような遠方へ連れて行くわけにはいかない。もし旅の途中や向うの土地で何かあったら、わしは死んだ敦子に顔向け出来んからな。まだ小さかったおまえたちを上総の国へ連れて行った時だって、この子たちに何か起きたらどうしようと、わしは気の静まる暇が無かったくらいじゃ。だから良子は都に残り、責任を持って恵子と国子を立派に育ててやってくれ」

 恵子と国子の話を持ち出されると、わたしとしても反論できなかった。

「でも、それじゃお父さんはどうなるの? 誰がお父さんのお世話をするの?」

「わしの事はどうにでもなるから心配いらんよ。むしろわしが心配しているのは良子、おまえの事じゃ」

「わたし?」

「おまえには本当に悪いと思っている、恵子と国子の世話を押し付けて。そのせいでおまえはまだ嫁にも行けずにおる」

「わたしが結婚できないのは恵子と国子のせいじゃないわ」

「いいや、すべてわしのせいだ。すまんな、わしに力が無くて。情けない父親で。わしに力があれば、都近くの国の国司となり、そこへおまえたちを呼び寄せて、お姫さまのようなきれいな衣装を着せて、贅沢な暮らしをさせてあげられるのになぁ。そうなれば良子にも良縁が舞い込むことだろうに。ところが、わしに力が無いばかりに、回ってくるのは誰も行きたがらない僻地の任務ばかりじゃ」

 そう言うとお父さんは下を向いて嗚咽し始めた。お父さんの白髪頭を抱き寄せ、

「お父さんは悪くないわよ。お父さんのせいじゃないわよ。すべては前世からの定めなのよ」

 わたしはそう言って一緒に泣いた。お父さんが可哀想だった。なぜ我が家ばかりがこんなひどい目に遭わなければならないのだろう? それを考えると本当に涙が溢れてきた。つくづく我が家には運が無い。菅原家の人間は人生に恵まれていない。悔しくて悲しいけど、改めてそれを実感した。

 旅立ちの準備で慌ただしい日々が過ぎた後、七月十三日、遂にお父さんの出発の日がやって来た。わたしの顔を見るとつらくなるだろうと気遣い、五日前からお父さんの部屋へは近づかなかったのだけれど、いざ出発の時間になるとお父さんの方からわたしの部屋へやって来て、わたしの顔をじっと見つめて一言「行ってくるぞ」そう言って目から涙をぽろぽろこぼした。そして、さっと体を翻して外へ出ていった。これがお父さんとの今生の別れになるかもしれない。そう思うとわたしの方も涙が止まらず、身を切られるような痛みを全身に感じた。恵子と国子を抱きしめて泣いた。おいおい泣いた。

 お父さんがいなくなった後の我が家は、訪ねて来る客もいなくなり、そのため世間と絶縁状態になったような雰囲気だった。わたしの心の中にもぽっかり穴があいた。お父さんは今頃どこら辺にいるのだろう? そんな事を考えながら朝から晩まで東の山の彼方をぼんやり眺めていた。

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