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神様のなり損ない  作者: オトノハワカバ
1/1

嵐の幕開け

 知らない匂いのする風に、長めに切り揃えられた前髪を揺らされて、ベルの意識は覚醒した。


 朝の日差しと、風に葉が擦れる音。


なんだか懐かしい感じがする。


 こんなにも心地のいい朝はいつぶりだろうか。記憶を巡ってみたが。思い当たる物がない。だけど、懐かしいと思うのだからきっと記憶に無いくらい昔には、あったのかもしれない。


 体だけが覚えている朝の感覚にそんなことを考えながら、このままもう一度眠りについてしまいたい気持ちを抑えて目を開く。


 知らない天井だった。


 年月を感じさせる木の枠組みが並び、その上に三角の屋根が乗せられている。飾り気のない、それでいてどこか美しさを醸し出す天井。それを眺めながら、ぽつりと呟く。


「、、、逃げたんだな、俺、、、」


 今までの宿でも、今日のこの時も、目覚めた時に知らない天井が目に入ると、そんな言葉とともに熱いものと何か後ろめたい気持ちが同時に湧き上がってきて胸が苦しくなることがある。


 その感覚が嫌で、逃げるように立ち上がり、寝具を整えながら頭をふるう。外の穏やかさからして昨晩の嵐は去ったのだろうなどと考え気を紛らわせようとするがうまくいかない。


 落ち着くんだ俺、俺はなにも何も罪悪感を感じることなどしていない、俺は、俺が持って然るべき自由を取り返しただけだ。俺は悪くない。だって俺は──


「おはよう、ダイル、気分はどう?」


 その時、扉が開く音がして、鈴の音のような声が入って来た。ノックも無しにいきなりだったので、驚いて振り返ったが、声の主を視界に収めると、安堵のため息をついた。


 入って来たのはこの家の主。あまり見かけない黒髪の少女だった。コッテと呼ばれる白い長袖の服の上から、裾が長く袖がないシュルトという赤い服を、腰のあたりで紐で縛る形で着ている。服に隠れていない肌は白く、目鼻顔立ちはよく整っている。皇城でも余り見かけない美人だった。年齢は見たところベルと同じくらいだろうか。


「あ、ごめん、驚かせちゃった?」


「いや、構わないよ。俺も少し気が立ちすぎていた。おはようリーリ。昨日は久しぶりによく眠れた気がするよ。君は朝が早いな。もう着替えてしまってるのか」


 あそこを出てから逃げることに必死で、少々心にゆとりが無くなってきていた。悪いことだと自分を苛めてから。少女がすでに着替えていることに気づく。それなりに早起きな性格を自負していたベルだが、流石にここまでのものではない。この分だとベルよりも30分は早く起きていたのではないだろうか。


「そうなのかな?私はいつもこんな感じだけど。まあ、そんな事はいいや。朝食できてるから、早く起きて来て、ダイルの分もあるから」


「それはありがたいな。すぐに行くよ」


 部屋を出て行くリーリにそう声をかけてから、寝具を片付けを終わらせる。あまり慣れない作業だが、それなりに形にはできたはずだ。入って来た時もそんなに綺麗にされていた様子ではなかったし、これで十分だろう。


 部屋を出るとすぐに食卓の並ぶ部屋に繋がっている。おそらくこの部屋がこの建物内で主要となる部屋だろう。木製の机と椅子が部屋の中央付近に立ち、その左側に簡単な台所がある。丸太の重なる壁にあけられた窓から朝の風が入り込んできて気持ちがいい。


「ほら、空いてるとこに座って」


 ベルの左側、窓の向かい側から先に座っていたリーリが声をかけてくる。


「ああ、ありがとう」


 食卓を囲む椅子は四つ、どこに座ってもあまり変わりはないだろうからとりあえずリーリの向かいの椅子を選んで座る。


「よし、では天土の恵みに感謝して──」


「ああ、ちょっと待ってくれ」


 せっかちそうに食前の祈りを始めようとするリーリを止める。


「どうしたの?早くしないと冷めちゃうよ?」


 怪訝そうな顔をするリーリにすぐ終わるから安心してくれと前置きしてから話を始める。


「改めて礼を礼を言わせてくれ。昨夜、俺を引き止めてくれたこと、突然訪れた身元も分からない人間を泊めてくれたこと、とても感謝してる。だから、何かお礼をさせてもらえないか」


 俺がここに泊まっている理由昨日、それは、この家のある村をたまたま通りかかった時、リーリが「今夜は嵐が来るから」今日は泊まって行けと引き止めたからだ。嵐の情報については半信半疑であったものの、ここ最近まともな寝床がなかったので言葉に甘えることにしてみれば昨日の暴風雨である。まだ起きてから外には出ていないが、かなり荒れていることだろう。昨日はもう少し歩いて野宿するつもりだったので、彼女がいなければ下手をすれば死んでいたかもしれない。そういう意味では命の恩人ですらあるのだ。何かしておくのが義理と言うものだろう。


 あまり物は多くないが、それでもベルの持ちものは一等品だ。的当なところで売り飛ばせばかなりの値になるだろう。


「なんだ、そんなこと。別にいいよ。普段役に立たない特技がたまたま役に立っただけなんだから」


「そうは言っても──」


「もう、いいって言ってるのに、しつこい子は女の子に嫌われるよ。」


 そこまで言った後。まだ、不満げなベルの顔を見ると「でも」と諦めたように言うと。


「そんなに言うなら、いいよ。何か考えておいてあげる」


 そう言うとリーリは食前の祈りをさっさと済ませて朝食にありつく。ちなみに朝食はライ麦のパンと思われる物と、茹でた豆だ。


「ああ、そうしてくれると嬉しい」


 リーリが納得してくれたようなので、自分も食事につくことにする。ここ数日誰かと食卓を囲んでいないなかったななどと物思いにふけりながら、食事は静かに進んだ。簡素な食事だが、これはこれで美味しい。


「ねえ、ダイル。私からも、少し聞きたいことがあるの。いいかな」


 食事をいつのまにか先に済ませてしまったリーリが声をかけてきた。どうやら彼女、なにかとせっかちな性格らしい。こちらはまだ半分も食べ進めていない。


「ああ、それはもちろん構わないが、なにかな?」


 そんな命の恩人の問いかけに、なにも考えずにそう答えると、リーリは「じゃあ聞くけど」と言ってから、少し迷いのこもった声で、その問いを発した。


「皇族が、こんなところでなにをしているの?」


と。





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