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3話 手紙

数日後、光輝こうきは無事に退院した。

宣言通り、すぐに仕事に戻って問題なく働けていると連絡ももらった。

これであいつはもう大丈夫かな。


僕はといえば、いつもと変わらない病院での勤務が続いている。

今日も様々な病状を抱えた人達がこの病院を訪れている。

彼らを診ることで、一体どれくらい世の中が良くなるのだろうか。

そんな答えのない問いかけに今日も頭を悩ませていると、ナースが僕の元を訪ねてきた。


「安藤先生、ちょっとよろしいでしょうか? お客様がいらしてまして…」

「お客様?」


お客様という言い草からして、どうやら患者などではなさそうだ。

患者でもないのに、わざわざ病院に押しかけてまで僕に用がある人間がいただろうか?

正直全く心当たりはない。


ただ、せっかく用があるのにいつまでも待たせてしまうのは忍びないため、僕はそのお客様とやらの元に出向くことにした。

やれやれ、こっちはただでさえ忙しいんだからアポぐらい取れよなどと心の中で愚痴りながら、お客様が待っている受付のところまでやって来ると……


「あの、安藤貫志あんどうかんじさん、ですか?」


長い黒髪で、眼鏡をかけた礼儀正しそうな女性が立っていた。


「そうだけど…」


その顔には見覚えがあった。

今はもう大学生くらいだろうか、その顔立ちはどこか朱里じゅりちゃんを彷彿とさせた。


「私、安藤 沙織(あんどうさおり)です。覚えてますか…?」

「うん、朱里ちゃんの、お姉さんだよね」



「突然押しかけちゃってすみません」


沙織ちゃんは申し訳なさそうに頭を下げた。

朱里ちゃんが入院していた頃、その見舞いによく顔を出してくれていたため、僕も彼女のことは知っていた。

朱里ちゃんが亡くなって以降、顔を合わせていなかったため、会うのは数年ぶりのことだった。


「ああ、良いんだよ。それで何か用かな?」

「実は、貫志さんにお渡ししたいものがありまして」


そう言って、沙織ちゃんは鞄から目的のものを取り出して、僕に差し出した。


「手紙?」

「はい、朱里が書いたものです」


手紙の封筒には「貫志さんへ」と書かれている。間違いなく朱里ちゃんが僕に宛てた手紙だろう。

その手紙の存在には驚いたが、同時にどうしても疑問を抱かずにはいられない。

どうして今なんだろう。

どうして朱里ちゃんは手紙を渡さなかったんだろう。


「実は、朱里に頼まれたんです。もし自分が死んで、その後ウイルスが終息した世界が訪れたら、貫志さんに渡してほしいって」


それらの疑問に答えるかのように沙織ちゃんは説明をした。

つまり遺書ということだろうか。いつの間にそんなものを書いたのだろう。


「何が書いてあるのかは私にもわかりません。でもこうまでして、朱里には何か伝えたいことがあったのかもしれません。だから貫志さん、受け取ってもらえないでしょうか?」


朱里ちゃんがウイルスが終息した後の世界、つまり未来の僕に向けて残したいメッセージがあった……

ならば、僕はそれを受け止めなければならないのだろう。


「わかった。帰って読ませてもらうよ」

「ありがとうございます。では、私はこれで失礼します」


最後にペコリと一礼してから沙織ちゃんは去っていった。



帰宅後、自室で僕はやや緊張した面持ちで机の上に置いた朱里ちゃんからの手紙と対峙していた。

一体何が書かれているのだろう。

悩んでばかりの今の僕に、朱里ちゃんはどんな言葉をかけてくるのだろう。

正直、読むのが少し怖い。


しかし、読むと言って受け取った以上このまま放置しておくわけにもいかないため、意を決して封を開けた。

中にはシンプルな便箋びんせんが1枚。

そして綺麗な字で文章がつづられていた。




貫志さん


お久しぶりです!

お元気にしてますか?

これを読んでるってことはもうウイルスは大丈夫ってことですよね?


後、私ももういなくなっちゃってるってことか〜ってこんなこと書くとなんか遺書みたいだね笑

そんなつもりで書いてるんじゃないんだけどな〜。まぁいいや。


これを書いた目的は、貫志さんにわたしからお願いしたいことがあるからなんです。

それは、これから先もお医者さんとして多くの人の命を救ってほしいんです。


貫志さん、前にわたしと少しだけテレビニュースを見てくれたことがありましたよね。

外国の偉い人が「家でゲームでもしてろ」と外にいる人に説教してる映像でした。

それ見てた貫志さん、こんなこと言ってましたよね。「こんな風に自分勝手に外を出歩いて感染した人達も、僕達は診なくちゃいけないんだよね…」って。


わたしは、貫志のこと人に寄り添えて、色んなことが考えられる人だと思ってます。

だから、この人達が原因で誰か感染して、亡くなったりしたら、貫志さんものすごく怒るだろうなと思いました。

もし、それでわたしが死んだらものすごくショックを受けるだろうなとも。


この手紙は、そのもしもの時のための手紙。

貫志さん、わたしが死んで世界はどう変わりました?

医者として当然のことができてますか?


もしかしたら、身勝手な人が生き残って何の罪もない人が犠牲になったいびつな世界に見えているかも…

そういう可能性も否定できないんで念のためわたしの気持ちを書いておきます。


貫志さん、わたしはずっとあなたに憧れてました。

あなたがいたから、わたしは自分のような持病を持った人間でも、世界にはこんな素敵な人もいるんだなって希望を持つことができました。


確かに、世の中には自分勝手な人もいるのかもしれません。

それでも貫志さんがいたから、わたしはこの世界を好きになることができたんです!

わたしのように希望を持って生きることができる人を、これからもどんどん増やしていって欲しいです。

これからを生きる人達を、残念な気持ちにさせてあげないでください。

それがわたしのお願いです!


最後に、あなたに会えて本当に良かった。


ありがとう。

そして、さようなら。


安藤 朱里

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