Episode 7
■ティクル=ユニバール
「クソッ、まだ冒険者連中はつかねぇのかよ……!」
崩落し、埋まってしまったダンジョンの入り口を何とか掘り返しつつもついついぼやいてしまう。
中にはまだ、俺が出会ったあの鎧のにーちゃんが残っているのだ。
もしかしたら今もまだ、この向こうに居るかもしれないし……音に引き付けられたモンスターと闘っている可能性もある。
最悪の場合、巻き込まれて……死んじまってるかもしれない。
盗掘者には見えない恰好をしていたし、もしかしたら盗掘者ではないかもしれない。
盗掘者以外が冒険者が攻略した後にダンジョン内に潜って何の意味があるのか、頭の弱い俺には何も分からない。
だが、盗掘者以外だろうと目の前で崩落に飲まれていった相手を見捨てる事は出来なかった。
「……い!おい、おっさん!」
「ぁ?なんだ?」
「一回休憩しろよ、あんただけずっと作業し続けてんだぞ。手もボロボロだ」
いつの間にか近くに来ていた若い盗掘者の指摘に、俺は自らの手を確認した。
元々盗掘者は籠手や手袋といった物は付けずに行動する。発掘作業なんて普段の攻略でもやることはない為、道具すら持っていないのだ。
そのため、慣れない発掘作業をしていた俺の手はボロボロで……爪からは血が流れ出ていた。
恐らく土に混ざっている小石なんかによって傷ついてしまったのだろう。
言われてから意識したからか、沁みるような痛みを手の先から感じる。
「おっさんの気持ちも分かる。分かるけど、そんなになってまで急ぐ必要はねぇだろ……?」
「……あぁ、それもそうだが……」
ちら、と土砂に埋まっている入り口を見る。
どうしてか、胸騒ぎがするのだ。
にーちゃんが中に残っている事と、この胸騒ぎが関係しているものなのかは分からない。
だが、それを確かめるにはどうにか入り口を掘り出さねばならない。
「中に残ってる奴、知り合いなのか?」
「知り合いって程じゃない。だが……なんだか胸騒ぎがするんだ。居ても経ってもいられなくなるような、どうしようもない事が起きそうな予感がするんだよ」
「……成程な。待ってろおっさん」
俺に話しかけてきた若い盗掘者は、一度俺に回復魔術を使い怪我を治した後休憩している者、周囲を警戒している者に声をかけ始めた。
何事かと見ていると、やがて何人かを引き連れてこちらへと戻ってくる。
「おし、皆やるぞ」
「任せろ、かなり休憩したからな。コレくらいすぐに掘り返してやるぜ」
「バーカ。お前さっきもそう言ってすぐに弱音吐いてたじゃねぇか」
「んだと?!」
「おいおい、喧嘩してる暇あったら掘りかえせ!……おっさん、周りの連中に頼んできたぞ」
彼はそんな事を言いながら、自分も周りの盗掘者と同じように掘り返そうとしゃがみ込むが……一度こちらを見上げる。
「おっさん。今は緊急時だ。普段なら俺達盗掘者は一人で問題解決するのが当たり前かもしれねぇけどよ。でも今回くらいは良いだろ?それに俺らがどんなに急いだって、冒険者がくればすぐに何とかなるんだ」
「……すまねぇ、恩に着る」
「ははっ、簡単に頭下げんなよ。俺らの仕事が終わってからにしてくれ」
「……あぁ、そうだな。今は腕を動かさねぇと」
そう言いながら、俺も作業を再開しようとして……またも止められる。
見ればまだ何か言いたげな顔がそこにはあった。
「なんだよ……」
「あーすまない。……やっぱこういう作業は道具があった方が楽だろ?」
「それはそうだが、俺らはそんなもん持ってねぇだろ。冒険者ならともかく……」
……あぁ、もしかしたらあのにーちゃんなら持ってたのかもな。
そんな考えが過り、少し気分が落ち込む。
しかし、そんな俺の気分を晴らすかのように目の前の若い男は……ここらへんでは珍しい黒髪黒目の青年はこちらへと笑いかけながら手元の土からあるものを創り出した。
「ほらよ、おっさん。これがあれば何とかなるだろ?」
「……お前コレ……いや、魔術か?」
「あぁ、ちょっと錬成魔術ってのを使ってな。シャベル……って言っても伝わらねぇか。土を掘る為の道具を作ったんだよ。今まで以上に早く掘れるはずだぜ」
錬成魔術。
錬金術と呼ばれる学問を元に行使される魔術がそれに分類されたはずだ。
その難度は他の魔術よりも高く、普通の……それこそ冒険者や盗掘者をやっている者らの中では使い手なんて見たことないレベルで希少なモノ。
それを目の前の青年は笑いながらいとも簡単に、今もシャベルと呼んだその道具を創っては周りの他の連中へと渡している。
「……ちょっといいか?」
「ん?あぁおっさんか。なんだよ、簡単には壊れないようにしてあるはずだぜ?」
「いやそんなことじゃなくて……お前、名前は?」
「名前?あれ、自己紹介しなかったか?」
青年はこちらへと向き直り、笑いながら俺へと目を合わせた。
何故かその時、俺は背筋がぞくっとするような……悪寒を感じた。
「俺の名前はレン。レン=クロサキだ。以後よろしく、ティクルのおっさん」
「あ、あぁ。よろしくな……」
差し出された手を握り、俺は作業へと戻る。
これ以上この青年と話すべき事がないからだ。今はこのまま掘るのに集中しよう。
そう、早く。早く中に入るために入口を掘り出さなくてはならないのだから。
■黒咲 蓮
「俺の名前はレン。レン=クロサキだ。以後よろしく、ティクルのおっさん」
「あ、あぁ。よろしくな……」
俺は目の前の冴えない盗掘者のおっさんに対して、手を介して魔術を行使する。
おっさんの目的を少しだけすり替えるだけの簡単な暗示のようなものだ。
……早く中に入って、アレを止めて隠さないと。まだ見つかるには早すぎる。
誰にも見えないように、首から掛けているネックレスを取り出す。
淡く紫色の光を放つソレは微かにどくんどくんと鼓動しているように見えた。
まだ、まだなのだ。
この卵はまだ始まったばかりなのだ。
それなのに、冒険者に見つかって壊されるなんて事があってはならない。
(これは俺の復讐への第一歩なのだから)
シャベルを使い、土を掘る。
(彼女をあんな風にした者たちへの)
時々大き目の石にぶつかり、手がしびれるが気にしない。
(俺がまた笑える世界を作って蘇らせてやるからな)
土を掘り、石を除け、また再度土を掘る。
「待ってろよ……」
その呟きは、小さく。
誰にも聞こえる事はなかった。