Episode 4
暫くして、少し前に全速力で走り抜けた入口へと辿り着いた。
そこには既にもう何人かの同業者の姿もあり、皆一様に深刻そうな顔をしている。
仕方ないだろう、【蟲の知らせ】が使われたという事は最悪自分達の依頼の達成を諦めなければならない状態になってしまうかもしれないのだから。
「中にいるのはこれだけか?広域索敵持ちがいるならここに集まってない奴数えてくれ」
「もうやってる!……ここに居るので全員みたいだな。今動けるのはこれが最大人数だ」
周りを見渡し、数を数えてみる。
全部で7人、俺を含めて8人のトレジャーハンターしかこの場にはいなかった。
ここに来た時にはもう少しいたような気がするのだが……そういう事なのだろう。
良くも悪くもこの仕事は死と隣り合わせだ。ダンジョン内の罠に引っかかった可能性もあれば、件のモンスターに取り込まれた可能性もある。
周りもそれが分かっているのか、深くは聞かなかった。
「よし、じゃあ今回の事について説明していくぞ。使用者は俺、ティクル=ユニバールだ。まずはそれぞれの仕事を邪魔してしまった事に対する謝罪と、それを切り上げてまで集まってくれた事に対する感謝を」
俺を連れてきた男……ティクルはそう言って俺達へと頭を下げた。
「頭を上げてくれ。重要なのは謝辞じゃない、今回集めた理由の方だ」
「……あぁ、そうだな。それぞれ心して聞いてくれ」
少しだけ不安そうな顔をしながらも、ティクルは俺にした話をもう一度この場に居る同業者たちに聞かせ始めた。
俺は一度聞いているためそこまでの驚きはないが、周りの者達は違う。
話を聞いていくうちに、無理矢理に集められた苛立ちを浮かべていた顔が不安に染まっていくのが分かった。
「ってわけだ。状況は分かったか?」
ティクルの言葉に全員が頷く。
そしてそのままこの後に何をどう行動するのかを話し合い始めた。
実際、俺達トレジャーハンターに出来る事は少ない。
それこそ、冒険者ギルドの方へ誰かを向かわせて、その間ダンジョンの中へ誰も入れないように……中から件のモンスターが出てこないように見張る程度なのだ。
件のモンスターを討伐する、という選択肢は端から無い。
討伐という仕事はモンスターを狩るのに慣れている冒険者の仕事であるし、そもそも俺達の仕事ではない。
最低限戦えるとは言っても、本当に最低限なのだ。
ここで討伐を念頭に考える奴はトレジャーハンターではなく冒険者の方が向いていることだろう。
「よし、じゃあ俺が……クレイ=ディコルが冒険者ギルドへの使者となる。異論はあるか?……無いようだな。幸い、ここから街への距離はそこまで遠くはない。【肉体強化】系の権能をかければそれこそ一刻ほどで着く。戻ってくるまでどれくらい掛かるか分からないが……その間、任せたぞ」
「おう、そっちもきちんと説明して冒険者を連れてきてくれ」
「任された」
そんな事を考えている間に、クレイ=ディコルと名乗った軽装の男が自らに権能による強化を施した後ダンジョンから出ていった。
これで一先ず、救援が来ないという事はないだろう。……クレイが何かしらの事故に巻き込まれない限り。
「さて、残った俺らは警備の仕事だな」
「全く、冒険者も冒険者でしっかり確認してから攻略完了報告しろよなってんだ」
「まぁ明らかに異常事態だろうしギルドから手当でるだろ、それで満足するしかねぇなー」
俺を含めた残った7人は、軽口を叩き合いながら一応ダンジョンの外へぞろぞろと出ていく。
中にいるよりも外に居る方が比較的安全ではあるし、新たに入ろうとする者へ事情を説明しやすいからだ。
俺は最後尾からそれに続いて外へ出ようとした。
鎧の事もあり、あまり人の近くには居たくはなかったためだ。
しかし、そんな俺の行動は突然崩落の始まったダンジョンの入り口によって妨害されてしまう。
他のトレジャーハンター達が慌てて外へと駆けていく中、俺は鎧の重さによって咄嗟に動くことができない。
『主人様!』
「クッソ……!!」
落下してくる瓦礫を避けながら、ダンジョンの中へと退避する。
外へ向かおうにも崩れてきていた土によって半分以上道が塞がっており、出ようとしているうちに生き埋めになる可能性があったからだ。
そして俺の索敵に何かが接近してきているのが引っかかった。
状況からして、音につられて寄ってきた生き残りのモンスターか……或いは、だろう。
どちらにしても、崩落した場所の近くで戦闘を行えばその衝撃でまた崩落を引き起こす可能性があるために戦闘は論外。
奥へ奥へと逃げるしかなかった。
「メア、何かついてきてるか?」
『いや、特にはないな……大丈夫だ。しかし災難だったな』
小部屋が見つからず、そのまま奥へと進んで行った後。
とりあえず一息つくために立ち止まり、現在位置を確認していた。
現在位置は入口から離れた位置、ボス部屋と呼ばれるダンジョンの主が居たフロアに近い所に居る。
ボス部屋に向かって走ってきたために当然なのだが。
「災難?何がだ?」
『何って崩落したことだ。運が無かったとも言うべきか』
「……お前アレを見て自然に起きたものだとでも思ってるのか?」
は?と呆けるメアに対して、一つ一つあの時起きた事を思い返しながら説明することにした。
休憩する予定だったのだ、何もしないよりは暇が潰れるだろう。
まず、と前置きしてから話始めた。
「あの時の崩落、あんなもんが自然に起きるはずないだろ」
『何故だ?ここは見るからに古いようだし……ありえなくはないのでは?』
「古いだけで崩落する危険性が高まるってんなら、俺らが入る前に冒険者が攻略するときの戦闘の余波でこのダンジョンは全部崩れてんだよ、それにアレは前兆が無かった。自然に起きたとは考えにくい理由の一つだな」
何かが崩壊する際は、何かしらの前兆というものがあるものだ。
例えば土が上からパラパラと落ちてきていたりだとか、そういったものが。
しかし、あの場面ではそれが無かった。不自然でしかないのだ。
「それにだ。外に逃げようとした時の土。アレも不自然すぎるだろ」
『あぁ、あの半分近く積もっていた土か……何が不自然だと?』
「半分くらいってのがな。崩落した……だから土が積もって出られなくなった、というのは分かる。自然な流れだ。だがな、あの場面で『土だけが』積もってるのが不自然なんだよ。普通崩落なんかしたら土だけじゃなく、ここなら瓦礫なんかも土に混ざっててもおかしくないわけだ。それがパッと見ただけでも混ざってないってのはおかしいとは思わないか?」
『……ふむ、つまりはあの場の誰かが私達を閉じ込めるためにやったことだと?』
「狙いは俺達じゃなく、誰でも良かった可能性はあるけどな。土に関しては関連した権能、もしくは魔術か何かでやったんだろうよ」
やってられない、とは思う。
下手すれば出会っただけでも死ぬかもしれない謎のモンスターに加え、冒険者から生き延びている可能性がある元々このダンジョンに居たモンスター。
そしてまだ存在は確認していないが、居る可能性のある宝物庫の守護者。
普通に行動したら命がいくつあっても足りなくなる。
だが、少しだけこの状況に燃えてきている自分もいた。
この状況で宝物庫まで辿り着いて、宝を手に入れる……普段だったら絶対にやらないであろう博打に近い願望。
宝物庫ならば、他のモンスターも近寄らないだろうし……少しの間ならば安全を確保できるだろう。
謎のモンスターに関して言えば、それに当てはまるかどうかは分からないために確実な事は言えないのだが。
「メア、お前地図覚えられるか」
『は?……いやいや、出来なくはないが主人様よ。もしかして』
「もしかしなくとも、やるぞ攻略。考えてみれば、死ぬ可能性なんていつもの攻略でもそこら中にあるもんじゃねぇか。なら、今……ライバルの居ない今やるべきだろ」
『頭がおかしくなったのか!?人を取り込むモンスターが徘徊しているんだぞ!?』
「それがどうした、元々少し物足りねぇとは思ってたんだ。難度が上がる、挑戦しがいがあるってことだろうが」
トレジャーハンターは、己の為にダンジョンを……宝物庫までの道のりを攻略する。
その者によって異なる『己の為』。
カナタ=リステッドという男の『己の為』は、【難度の高いダンジョンを攻略する】という至極まともなものだ。
向上心のある者ならば、上へ上へと自分の実力を伸ばすために難度の高いダンジョンへ挑むだろう。
しかし、カナタ=リステッドは違う。
それ自体が目的であり、手段ではないのだ。
だからこそ、今。死が近いこの状況、冷静な時では絶対に下さない判断を……この状況のダンジョンを攻略するという判断を下していた。
端から見ればそれは狂気の沙汰であるだろう。
事実、今一番近くで彼を見ている鎧には頭がおかしくなってしまったようにしか見えていない。
しかしこれが彼の普通であり、今までがおかしかったのだ。
「で、メア。お前は出来るのか、出来ないのかどっちだ。お前がやらねぇなら俺がやる」
『……やる。元より契約を繋いでいる主人様からの命令だ。断れるはずもない』
「それでいい」
二ィ、と口角が上がる。
「さぁ、こっからが俺のダンジョン【攻略】だ」