Episode 2
ギルドマスターに仕事の依頼をした後、俺はそのまま街で消耗していた道具の新調や買い足しなんかを行っていた。
『なぁ主人様?』
(なんだ?)
『一つ気になってな。主人様や先ほどのあの男はトレジャーハンター……つまりはダンジョンに潜り宝を持ってくる職業なのだろう?』
(間違っちゃいないな。ただ、俺らの仕事はそれだけじゃあねぇんだよ)
鎧の認識は間違ってはいない。
俺達トレジャーハンターは日常的にダンジョンに潜り、そして宝物庫から依頼された量の宝を持ち帰る。それが仕事であり、生き甲斐でもあるのだ。
だが、それだけで飯が食えるのはほんの一握りの者だけ。
(まだ新人の奴らとか、それこそ盗掘以外がそれなりに出来る奴なんかは非合法な仕事を引き受けたりして生計を立ててんだよ)
『……と、言うと?』
(簡単に言えば、要人暗殺やら諸々。冒険者が表の……合法的な何でも屋なら、俺達トレジャーハンターは非合法な何でも屋ってわけだ)
『ふむ、それなら私の素性を調べるくらい冒険者でも良かったのではないか?』
(その疑問は尤もだが、ちげぇな。冒険者は良くも悪くも冒険者なんだよ。言っちまえば、お前みたいな存在がいるっていうのを知ったら何をしでかすか分からねぇ。最悪、その場で俺やお前は捕まって……って感じにはなるだろうな)
あくまでも予想だが、大方間違ってもいないだろう。
先ほど鎧が『トレジャーハンターは宝を持ってくる職業』と言ったように、冒険者は『ダンジョン内のモンスターを駆逐する職業』なのだ。
普段ペット捜索や土木作業をしている何でも屋のような連中も本筋は変わらない。
だからこそ、メアという彷徨う鎧であるモンスターがいくら元は人間だったとしても彼らにとっては関係ない。
関係があるのは今であって、過去ではないのだ。
適当に足りなくなっていた消耗品を買い足し、店を出る。
この後、近場にあるモンスターの殲滅が完了しているダンジョンに行っていつも通り仕事をこなす予定だ。
『そういう……ものなのか。何とも頭の固い連中だ……』
(まだ教会の連中よりはマシだけどな。そんなわけでギルドマスターに頼んだわけだ。納得いったか?)
『ある程度はな』
鎧はそれ以降言葉を紡がず、何かを考えこんでいるようだった。
恐らくは自身が人間だった頃との差を感じているのだろう。
人間というものは移ろいやすいものだ。鎧が何時人間として生きていたかは知らないが、人が変わってしまう程度には時間が経ってしまっていたのだろう。
自分がこの鎧と同じ状況になったら……と考え、頭を横に振ってそれを頭の中から消し去る。
……何を考えてる。情でも移ったのか?こいつはモンスターだ。口ではこう言ってるが、いつ俺の命を狙ってるのか判んねぇんだぞ……?
心なしか足早に、これ以上余計な事を考えなくても良いように俺はダンジョンへと向うべく、街の外へと向かった。
「今回はここか」
暫く歩いた後辿り着いたのは、苔むした遺跡のような場所だった。
ダンジョン然としたダンジョン、とでもいえばいいだろうか?恐らくは昔誰かの墓か何かとして作られた遺跡にモンスターが湧くようになってしまったのだろう。
持ち物の中から、依頼書を取り出し内容を再確認する。
今回のダンジョン……【忘れ去られた遺跡】が攻略されたのはつい先日、俺が鎧を宝物庫で見つけた日らしい。
攻略からあまり日が経っていないため、モンスターがまだ中に残っている可能性があり危険度的にはまだ高いらしい。
だが、逆に危険度が高いうちに潜るのがトレジャーハンター……【盗掘者】なのだ。
周りを見てみれば、俺と同じような雰囲気の連中がちらほらと居るのが確認できた。
彼らよりも早く宝物庫を見つけ、尚且つ宝を持ち帰らなければならない。
それでいて中にはモンスターがいるかもしれない。
……守護者もいる可能性も考えた方がいいか。
守護者。宝物庫を守るためだけに存在し、入ろうとする者には容赦なく敵対してくる特別なモンスター。
他のモンスターよりもその力は強く、特異な能力を持っている事が多い。
運の悪い冒険者や、未熟なトレジャーハンターの死因の多くはこの守護者によってもたらされたものだ。
(いいか、余計な事はするなよ?)
『するわけないだろう。主人様の普段の仕事を見せてもらうとしよう』
一応釘は刺しておくが、どこかで勝手なことをしだすのだろうと考えているため鎧にも警戒しておいた方がいいだろう。
それに今回はこの鎧を着た上での攻略になるために音にも気を付けないといけない。
モンスターあるいは同業者が敵になる可能性があるダンジョン内で、がっちゃがっちゃと音を出していたら何時背後から刺されるかわからない。
お互いをお互いが牽制し合う中、俺はそのままダンジョン内へと足を踏み入れた。
あんな奴らに付き合う必要はない。それに入口付近では誰も彼も絶対に攻撃はしない。
当然だ、自分の攻撃によって入口が崩れてしまったら元も子もない。
ダンジョン内に入った瞬間、一気に走り出す。
中は松明などの明かりがあるわけではないのに不自然に明るかった。しかし、今はそんな事を気にしている場合ではない。
出来る限り早く、出来る限り遠くへ。
俺が入ったことによって、一種の硬直状態にあった同業者達も中に入り始めた事だろう。
それと同時に、俺に対して攻撃を仕掛けようと追従してくる奴もいるはずだ。
それらを出来る限り引き離すための全力疾走だった。
「おい鎧!お前の金属音どうにかできねぇのか!?」
『無茶を言うな主人様。私は今出来る限り重量がかからないようにしているのだぞ、これ以上は厳しい!』
「くっそが……!」
あまり体力を消費し続けても、今後が厳しい。
そう判断した俺は少しずつ減速し始める。そしてそのまま近くにあった扉を開き、腰に下げている短剣を手にしながらそこへ入り込んだ。
それと同時に目の前から矢が飛んでくるが、俺の目の前で不可視の壁に当たりそのまま床へと落ちていく。
魔術障壁のようなものだろう。俺はそんなものは使えないし、防御用の装備を使ったわけでもない。となれば、誰が使ったかは明白だろう。
「今のはお前がやったのか?」
『余計なお世話だったか?こちらとしてもコレくらいなら助けられるからな』
「……そうかよ、ありがとう」
礼を言いながら、扉を背にどかっと腰を下ろす。
部屋の中には木製の机や椅子、何も入っていない本棚のようなもの等が置かれているだけで一見危険はないように見えるが……罠があったのを考えるにそこまで長居出来るような場所でもないのだろう。
外の音に耳を立てながら、乱れた呼吸を整えていく。
やはり鎧は置いてきた方が良かったかもしれない、それこそギルドマスターの所に。
トレジャーハントの初っ端からここまでの消費を強いられるとは思わなかったために、少しだけスケジュールを変更する必要が出てきた。
「メア、お前周りの索敵って広範囲で展開できたりするのか?」
『……まぁ、ある程度までなら展開は出来るだろうよ。しかし、良いのか?主様。言ってはなんだが、私が嘘の情報を教えて敵に引き合わせようとするかもしれないぞ?』
「いや、それはないだろう。確実に」
こいつの事は信用していないが、それでも言えることはある。
こいつが俺の事を騙してこのダンジョン内で裏切るという事は……ほぼほぼ無いだろう。
何せ鎧にここで裏切ったところでほとんどメリットはないのだから。
「お前が裏切ったところで、お前としてのメリットは俺から自由になるって所だけだ。それ以外はむしろデメリットにしかならないだろう」
『……何故?』
「俺を殺す事自体はある程度簡単だ。ただ、それをした場合ギルドマスターに依頼した情報をどうやってお前は手に入れるつもりだ?他の奴と同じ様に契約を繋いだとしても、ギルドマスターと面会するっていうのは割と面倒くさい手順が必要になってくるんだ……俺がああやって会えてるのも結構特例っちゃ特例なんだよ。それこそ、師弟関係だからってのもあるけどな」
そう言って、息を吐く。
ある程度呼吸の乱れが整えられてきたため立ち上がり、再度自分の装備をチェックする。
ここに来る前に店で買った、このダンジョンの地図を引っ張り出しある程度の自分の位置も把握しておかねばならない。
宝物庫がありそうな位置にはある程度目星がつくため、そこに向かうのがセオリーだ。
しかし、今俺達がいる小部屋はその目星をつけた位置とは真逆……反対方向へと進んできてしまったらしい。
『成程な……確かにその通りだ。うむ、索敵ならある程度の範囲までは張れるから、何か引っかかり次第報告しよう』
「それでいい。じゃあ行くぞ」
そう言って、俺は背後のドアを開け再び通路へと踊り出た。