Episode 23
■カナタ=リステッド
踏み込んだ一撃は、レンが後ろに転がるようにして身体を逃がしたために避けられる。
その時に見た顔は驚愕に染まっていたため、俺の動きが見えていたかは定かではない。
勘で避けられたとみるべきか、それとも長年の経験からくるものなのか。
そもそも俺はこのレン=クロサキという人物の来歴をほぼほぼ知らないのだ、彼が過去どうやって過ごしてきたかによって、彼の戦闘能力は変わってくる。
『主人様』
「分かってる。今のは隙だらけだったからやったまでだ。……次はもっと上手くやる」
メアの咎めるような声に、返事をしつつ。
こちらを睨みながら立ち上がるレンの姿を油断なく正面に捉える。
周囲から影が大量に集まってきてはいるものの、メアの使う魔術によって無視出来ているため脅威にすらなっていなかった。
「カリヤ!ファミル!」
「「了解!」」
俺はそのまま後ろにいる2人に声を掛ける。
それだけで意図は伝わったのか、彼らがこちらへと駆けつけ、マリス達の拘束具などを取り外していった。
これで彼ら冒険者側の目的は達成。ここからは俺1人の我儘だ。
「……クソ、カナタ=リステッド……。流石に盗掘者のトップの弟子だけあるか」
「今更なんだ?命乞いか?」
「そんなわけあるかッ!チッ……少し足りないが……」
何やらぼそぼそと話しているレンの様子から、少しばかり嫌な予感……というよりは。
彼の身体から立ち昇るように見えた大量の濃い魔力に、このまま放置しているのは得策ではないと考え、俺は足に力を入れた。
既に【身体強化】を多重に掛けているためか。
足に力を入れるだけで、ボス部屋の地面がひび割れ……俺が人外の膂力を発揮している事が分かりやすく相手に伝わった。
瞬間、それを解き放つように地面を蹴れば。
先程と同じことの再現だ。
一瞬でレンの元へと辿り着き、その勢いのまま短剣を振るう。
尋常でない速度で接近した俺に、何をやっているのか分かったのか……先程よりも驚愕の色が少ない顔をしたレンはその場から動かなかった。
今の俺の攻撃は、普通の人間が喰らったら良くて挽肉になる程度には強烈なものだ。
冒険者や通常のトレジャーハンターならばもう少しマシなのだろうが……基本的に研究職であると聞く魔術師に耐えられるとは思えない一撃。
しかしながら、俺の一撃がレンの身体に辿りつくことはなかった。
短剣を振るった瞬間、何枚もの何かが割れるような音が響くと共に、彼の目の前……あと一押しすれば身体が当たる寸前の所で俺の短剣の勢いが止まってしまう。
……魔術障壁か。
「面倒な物を」
「こっちの台詞だよ。これでも中々自信があったんだけどなぁ!」
そんな事を言いながら、彼は自身の首に掛かっている装飾品を引きちぎった。
その手の中には、何やら紫色の卵のようなものが握られていた。
「メア!」
『了解ッ!』
手早く、そして何か可笑しな事をされないために。
俺はメアに再度声を掛ける。
瞬間、俺の周囲から多くの水が出現し……蛇のような形となってレンへと襲い掛かった。
……本当に便利だな、こいつの能力。
メア自体は、極光魔術しか扱うことが出来ない。
これは本人……本鎧から申告されたことで、命令権を使い嘘を言っていない事を確認している。
しかしながら、度々メアは自身の使える魔術とは違うものを行使し、身を守ったり今のように攻撃を行ったりしている。
その種が、俺やカリヤ達の首に刺さっている魔力補給用の触手のようなものだ。
これによって魔力を吸い取る際、その吸い取る……言わば宿主の使う事の出来る属性の魔術を触手が刺さっている間という制限はあるものの、扱う事が出来るのだ。
「水の大蛇かッ!実はお前も魔術師だったとか言うオチか?!」
「何の事か分からねぇな」
そう答えつつ、俺は現状短剣を止めている障壁が破れないかとじりじりと短剣に力を込める。
こちらの魔術を見て焦っているのかどうなのか。それとも、それと同時に行動している俺に焦ったのか。
それを俺が発動させたと勘違いしたレンは、その引きちぎった紫の卵のようなものを影の心ノ臓へと投げつつも、新たに炎の塊を複数空中に出現させ水の大蛇へとぶつけるように発射し。
器用なのか、俺の短剣を更に止めるために障壁を何枚か目に見える形で出現させた。
「何をやったかは知らねぇが、このままなら押し込めそうだな?」
「ハハッ……!こっちもこっちでただやられるんじゃあないんでねッ!!」
そう言いながら。
しかしながら、彼の目は近くにいるはずの俺の事を見ていないことに気が付いた。
その視線は俺の後ろ。……丁度、影の心ノ臓がある方に向いていて。
瞬間、後ろから今まで感じた事の無い程に強い振動を感じた。
空間自体がどくんどくんと波打っているかのような感覚。
それに合わせるように感じられた濃密な魔力は、魔術を扱うのに長けた守護者と対峙した時以上の物だった。
恐る恐るレンに気を配りつつ後ろを振り向けば。
そこには、先程よりも一回り以上大きくなった心ノ臓が存在し。
まさに今、それが弾けようとしていた。




