-Tale:Black Lotus -
■???
「これで、よしっと……」
ドサッと音を立てつつ、俺は床に袋を下ろす。
中からうめき声のような物が聞こえたものの……それを気にする者はここにはいない。
音に反応したのか、それとも単純にその袋の中身から漏れる魔力を感じ取ったのか。
周囲から湧き出るようにして影が出現するものの……俺はそれらに止まるよう命令する。
「止めろ。それはまだ使い道があるんだ。食うな」
その言葉を理解してか、否か。
俺の周囲に湧いて出た影達は、再度溶け消えるように地面へと吸い込まれていった。
……ホムンクルスの失敗作にしては、命令はきちんと聞くのが厄介だな。
そんな事を思いながら、俺は近くに存在しているあるモノの近くまで歩いていく。
ソレは胎動していた。
ソレからは大量の純度の高い魔力を感じた。
ソレの周囲には多くの影が居た。
「だが、これだけは成功だな。周囲の魔力、そして末端から送られてくる魔力を純度の高い……指向性のない純粋な魔力へと変換、そして使用するためだけの炉……」
顔がにやけるのを感じながらも、今だ胎動するソレを優しく撫でる。
実体はないものの、手に魔力さえ纏わせれば触る事くらいは出来た。
「影の胎炉。名前を付けるとしたらこんなもんか?どちらにせよ、あいつら2人をここに放り込めば、俺の目的はある程度完了するだろうし早めにやっちまうか」
先程自分が置いた袋を影の胎炉の近くへと持ってくる。
貴重な材料だ。冒険者2人など普通に材料を集めていては絶対に集める事の叶わない、魔力の保持量の多い良質な素材。
袋の口を開け、中から2人……ヤーマとマリスを運び出す。
喋れないように、そして魔術を行使できないようにと猿轡と拘束具を付けられている2人は、こちらを睨む事しかできていない。
そんな彼らに対し、俺は出来る限り優しく笑いかけることにした。
「そう睨むな。君らはこれから偉大な研究の成果、その礎になれるんだから。これは誇っていいことなんだぜ?」
「――ッ!――――ッ!!」
「おいおい、何言ってるか分からねぇよ。それにヤーマ、俺がやったことだが……そんなにしてると流石に発禁指定になっちまうから程々にな?」
通じるとは思っていない事を言いながら、俺は彼らの事を両腕で担ぎ上げる。
左肩にヤーマを、右肩にマリスを乗せるように。
「うん、やっぱ【身体強化】は便利だな。深緑魔術も混ぜてやればこれくらいの膂力は出せる、と」
思った以上に簡単に持ち上がったことに、自分自身で驚きながら。
俺はくるりと影の胎炉へと向き直る。
瞬間、大きく影の胎炉が胎動したが……恐らくは上質な餌が気に入ったのだろう。
意思なんてものはいれてないはずなのだが。
「あぁ、そうだ。猿轡だけでも取ってあげよう。流石に最後の言葉くらいは君らのリーダーに届けてあげるからさ」
そういって、俺は彼ら2人の身体に魔力を伝わせる。
その異様な感覚に、身を跳ねさせ捩っているものの。次の瞬間、かちりという音と共に猿轡が外れた瞬間に、彼女達は喚きだす。
その言葉の全てをすぐ近くで聴いてはいるものの、頭の中で処理しようとはしていない俺は、薄く笑いながら作業を開始した。
この2人の素材を使い、その後のことを考えると笑みがこぼれずにはいられなかった。
その時だ。
「……ねぇ、なんで貴方はこんなものを作ったの?」
ヤーマから、そう聞かれた。
その言葉に俺は固まってしまう。手が止まってしまう。最後の調整の一歩手前だったが、関係なく。それに答えねばならないと思ってしまった。
「簡単だ。好きな人を蘇らせるためにはこれが必要だった。……それだけだ」
「でもコレ、見る限り魔力炉よね?材料が材料だけど……そこから魔力を絞りだすことに特化したものよね?」
「お前……いや、そうか。権能か」
そういえば、権能は縛っていなかった。そう思いだし、それぞれの頭に手を置いて再度魔力を流す。
バチンという音と共に、彼女らの身体が跳ねたものの……生命活動には問題ないため目を離した。
「質問には答えてやろう。……確かに、これは魔力炉だ。だが、俺は魔術師でもある。それだけで答えになると思うが?」
「死、者蘇生……ね。俺ァ、そんなもん上手くいくとは思えねぇが」
「蘇らせるにしても、魂がなければそれはただの肉人形と変わらないんじゃないの?……その代用が魔力で出来るとは思えないけれど」
魂は、その者をその者たらしめる要素の1つ。
そう魔術の学問では考えられている。実際に魂を扱う死霊術師と呼ばれる者たちが存在しているからだろう。
「魂がない?馬鹿を言うな。ここに存在している。……彼女はここにいるんだ」
手を動かし、最終調整を終わらせ。
首にかけているネックレスを取り出した。
以前取り出した時は鼓動していたそれは、今では静かに佇んでいる。
まるで、今はまだ役目ではないかのように。
それを見て満足した俺は、ヤーマとマリスの胴体へと手を伸ばした。
「さて、では始めようじゃあないか。復活、再誕……言葉は何でもいいが、彼女が帰ってくる儀式だ」
彼らを再び担ぎ上げ、影の胎炉の前に並ばせる。
そうした瞬間、影の胎炉から触手のようなものが伸び、
「メアッ!」
『任された!』
突如右から光の筋が1本俺の目の前を通り過ぎ、触手を消し去っていった。
右の方を向いてみれば、そこには3人の男が立っていた。
1人は、剣を持ち。冒険者然とした鎧姿の男。
1人は、同じく剣を持ち。1人目よりも体が大きく、盾も持った……これも冒険者然とした男。
そして最後の1人は、似合わない鎧を身に着け。短剣を片手に俺の事を睨んでいる男だった。
それぞれその男たちの首辺りには、鉄の触手のようなものが最後の男の鎧から伸びており、時々鼓動するように動いているのが気になった。
「レン……ッ!」
「……カナタにカリヤ、そしてファミルか。よく影達の中を生き残ったもの、だッ?!」
そう言った瞬間、カナタの姿が消え。
コマ落ちしたかのように、俺の目の前に短剣を振りかぶった状態で現れた。
何をしたのか理解できず、瞬間的に障壁を張りながら後ろへと転がって身体を逃がす。
どうやら、彼らは俺の目的を達成する最後の障害としてここに現れたようだった。
戦闘が、始まった。




